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俺が目覚めて三日、漸く体を起こす事が出来るようになった。尤も物を食べることは出来ない。点滴から栄養を接種して、辛うじて身体を保っているに過ぎない。そして今日も彼女は俺の顔を見にやって来る。看護師曰く、俺が意識を失っている間もずっと毎日欠かさずお見舞いに来ていたようだ。彼女はその事を自分の口から俺には言わなかったが。
「起きてて大丈夫なの?」
ベットの上で上半身を起こしている姿を見て、彼女は心配そうに訊ねてくる。
「起こしてないとな、なんかさ、落ち着かないんだよ。」
「そりゃ、あんだけ動き回ってたらね。零司が倒れてから消提課内も大変だったんだよ?零司、どれだけ仕事抱えてたのか自分で解ってる?」
そんな事を言われても解らない。理解しているなら倒れるまで働きはしないだろう。そう、そんなことよりも、だ。
「なんだか、久し振りに椛に名前を呼ばれた気がする。」
「……私も零司から名前を呼ばれるの久し振り。」
俺が意識不明だったとか関係なく、俺達は長い間、互いの名前を呼ばなくなった。一体いつ頃からだろうか。あぁ、そうだ。俺が消提課の課長になった辺りからか。
思えば、彼女とギクシャクし始めたのもその頃からだろうか。上司だった彼女が突然部下になってしまったのだから。距離感が掴めなくなってしまい、どう接していいのかわからなくなってしまったのだ。職場では仕事だからと、なんとか誤魔化せていたが、家に戻るとそうはいかなかった。表面上でしか誤魔化せていないのだ、心の中にある蟠りは消せはしない。それが家では現れてくる。そうだ、悪いのは俺だ。素直になれず、気持ちをぶつける事もせず、彼女から逃げ続けた。その結果、命を削ってまで彼女から逃げ続けた。このままだと、優しい彼女の事だ、自分を責めるだろう。俺の命を奪うことになったと。それは違う。そうじゃない。そうしないために、俺が導き出した答えはーー。
「……別れて欲しい。」
俺の言葉は聴こえていない筈はない。さっきまでそこで話していたのだから。しかし、彼女から返事はなかった。
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