始まりはすれ違いから

7/7
前へ
/12ページ
次へ
 一方の俺はと言うと、仕事に集中していた。俺は課長になってしまったので主な仕事は書類作成と会議に出ることだ。彼女が今はオフィス内に居るので、書類作成に集中するしかなかった。勿論、仕事上で必要最低限の会話は行った。そうでないと業務に支障が出る。だが、目は合わせなかった。いや、合わせられなかったと言った方が正しいかもしれない。  やがて時が経ち、昼休みの時間となる。休み時間くらい仕事の事を忘れようとする場の雰囲気から、昼過ぎ特有のゆったりとした、まるでスローフォックストロットを踊りたくなるような優雅ささえあるのだが、俺の心は暗かった。例えるなら雨の新開地だ。いつもは昼食は彼女が作った弁当を食べている。だからたまに「愛妻弁当ですか?」と冗談交じりにひやかしてくる同僚が居るのだが、今日は何もない。当たり前だ。夜明け前に家を出てから、家に戻ってないのだから。  しかし、どうする?此処で何か飯を買いに行くにしても彼女を放って出て行けば、オフィスに居る連中に何か怪しまれるのではないかとの懸念が生まれる。俺と彼女の事は言わば私事であって、業務に支障をきたしてはならないし、私事で課全体に迷惑をかけるわけにもいかなっかった。結局、俺は彼女を誘い、外へ出てコンビニで買い物することにしたが往路も復路も互いに一言も話さなかった。昼休みが終ると、また仕事が始まった。仕事の間は余計なことを忘れられる。俺は何かから逃げるように仕事に打ち込んだ。  やがて俺は家に居るよりも職場に居る時間のほうが長くなるようになった。俺と言う個人の勝手で早く出勤し、俺と言う個人の勝手で残業する。勿論、俺個人の勝手なので残業手当は付かないし(キチンと残業の日もあり、その日は勿論手当てが付いた)俺の労働時間は8時間だ。しかし、それは勤怠の表面上の時間でしかない。更に俺が弁当を持っていない事を怪しまれないように自分の勤務表をハチャメチャに組んだりもした。 そんな生活が暫く続いたある日、事は起こった。
/12ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加