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飯も碌に食わない生活が数ヶ月続いたある日、俺の体は遂に限界を迎えた。どうやら仕事中に倒れたらしく、気が付いたら俺は病院のベットの上だった。
「天原さん、気が付きました?」
看護師の女性が俺に問い掛けてくる。俺はゆっくりと周囲を見渡した後、看護師に対して頷いた。どうやら俺は個室に寝かされているようだ。他の患者やベットの姿は見当たらない。この部屋には俺一人だけが寝かされているのだ。つまり……。
「少しお待ち下さい、先生をお呼びしますね。」
看護師は早足で部屋を出て行った。俺はただ呆然と待っているしかできなかった。やがて白衣を纏った男が現れた。優しそうな顔をした男だった。
「私、この病院の医師の稲田と申します。」
「どうも天原 零司です。」
稲田医師の挨拶につられて自分も自己紹介をする。稲田医師は近くにあった椅子に腰掛けると、その優しそうな顔つきながらも真剣な眼差しで俺の顔を覗き込む様にこちらを向き、俺を真っ直ぐ見つめる。
「天原さん、落ち着いて聞いてください。貴方の――」
……。人間、衝撃を受けたときは周りの音がなんにも聞こえなくなるんだって、他人事のように思った。遠くで稲田医師が何か言っているがあまりよく聞こえなかった。俺はただ、ボンヤリと天井を見つめていた。
「どうしますか?ご家族の方とえっと奥さんですか?には、私から説明することもできますが。」
はい?奥さん?俺には妻はいないぞ、彼女は居るが。そうだ、彼女だ。彼女はどうしてるんだろう。
「あ、いえ、私の自分の口から言います。」
反射的にそう答えていた。さっきまで放棄していた思考が、いや思考はずっと放棄したままだ。今も考えて答えたわけではない。
「そうですか、わかりました。では……。」
稲田医師は立ち上がり、一例すると部屋を出て行った。看護婦もそれに続く。俺一人だけ取り残された部屋で呟いた。割と声は大きかったと思う。
「余命宣告ってされたらこんな気持ちになるんだな……。」
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