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昼過ぎに農作業を手伝っていると親方様と若様が馬でゆっくりと国を見て回っていた。
直は手を振ってくれるので、失礼がないよう村道へ出て頭の手拭いを取り頭を下げる。
「正太郎殿、面を上げなさい。直をいつも大切にしてくれて感謝しているのは、此方だ。」
きっと、直が秘密の抜け道があるからと早朝城を抜け出し俺と遊んでいることを知っていて自由にさせているのだろう。
「勿体ないお言葉でございます。」
こんなとき、手の届かない方と過ごしていると較差を実感する。
顔を上げて目に映る直はきちんとした着物に着替え少し高い位置できちんと手入れされた美しい髪を結い、朝の大きな瞳を輝かせる人馴っこい笑顔ではなく、洗練された表情を向ける。
沢山の泥にまみれる俺の着物とは……それこそ雲泥の差だな
「いつ見ても作物の実りは嬉しいものだ。頑張りなさい。」
親方様は民に声を掛けることを欠かさない。その為親方様の人気は高く農民から国へ不満を言う者は見たことがなかった。直もそのせいか、農民との距離を近く持とうとしてくれる。
俺との距離が近い直に勘違いさせられそうにもなるが、国を治める人間の器の深さ故の優しさからくる行動だ。直の笑顔に笑顔で応える。
幼く美しい小さなお殿様と、土にまみれ汚い手と額を大地に付ける庶民。
朝方の時間は幻のようだ。
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