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 目の前の光景が夢だと、葛西典之(かさい のりゆき)はにわかに理解した。  夢だからだろうか。  奇妙に音がなく、無臭である。  ためしに腕をつねってみたが、常とは違い微かに痺れるような感触がするだけだ。  どうやら、五感は鈍いらしい。  辺りはけぶるようにぼんやりと白く、目を凝らしてようやっと立っているのが黒いコンクリートだと気付く程だ。  コンクリートには、剥げた白で「止まれ」と書かれている。  ここはどこかの路地なのだろう。  しかし、視界を染める白いもやは、遠景どころか付近に存在するであろう壁すらも覆い隠している。  限りなく白に近い世界の中。  典之からさほど離れていない地面に女が一人、無防備に寝転んでいた。  投げ出された足は何も履いておらず、ペールピンクのパンプスが少し離れたところに転がっていた。  それぞれ左右を向いた爪先には、真っ赤なペディキュアが塗られている。  視線を上に辿ると、丈の短いスカートにぶつかった。  腹部で切り替えのついているところをみると、どうやらワンピースらしい。  パンプスと合わせたのだろう、同じような色合いのワンピースは、胴の真中から浮き出た、大きな赤黒い染みで無惨なことになっている。  そのピンクと赤のコントラストは、やはり、合わせたようにパンプスとペディキュアの色によく似ていた。
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