8人が本棚に入れています
本棚に追加
/30ページ
目の前の光景が夢だと、葛西典之(かさい のりゆき)はにわかに理解した。
夢だからだろうか。
奇妙に音がなく、無臭である。
ためしに腕をつねってみたが、常とは違い微かに痺れるような感触がするだけだ。
どうやら、五感は鈍いらしい。
辺りはけぶるようにぼんやりと白く、目を凝らしてようやっと立っているのが黒いコンクリートだと気付く程だ。
コンクリートには、剥げた白で「止まれ」と書かれている。
ここはどこかの路地なのだろう。
しかし、視界を染める白いもやは、遠景どころか付近に存在するであろう壁すらも覆い隠している。
限りなく白に近い世界の中。
典之からさほど離れていない地面に女が一人、無防備に寝転んでいた。
投げ出された足は何も履いておらず、ペールピンクのパンプスが少し離れたところに転がっていた。
それぞれ左右を向いた爪先には、真っ赤なペディキュアが塗られている。
視線を上に辿ると、丈の短いスカートにぶつかった。
腹部で切り替えのついているところをみると、どうやらワンピースらしい。
パンプスと合わせたのだろう、同じような色合いのワンピースは、胴の真中から浮き出た、大きな赤黒い染みで無惨なことになっている。
そのピンクと赤のコントラストは、やはり、合わせたようにパンプスとペディキュアの色によく似ていた。
最初のコメントを投稿しよう!