第二章

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「わかったぞ。この腕はニセモノだ。殺人をでっちあげ、俺らを脅かして逃げ出させようとしているんだ。そしてあとで、逃げ出したものから五百万円を請求するという算段なのだろう。俺は帰らせてもらう。もちろん五百万円は払わない」  葛城は荷物を手にしてそそくさと部屋を後にしたが、数分もたたないうちに血相を変えて再び部屋に舞い戻ってきた。十九年で培ってきた危険探知機ががんがんと脳に警告音を発し続けている。おまけにめまいまでしてきた。どうもまだこの感覚には慣れない。僕は己の悪運の強さを呪うかのように下唇を噛む。 「橋が……!」  何となくイヤな予感がして眉をひそめた瞬間、凜子が僕の腕からするりと抜けだし部屋を飛び出した。不意を突かれた僕は慌てて彼女の背中を追い、そのまま靴を履いて外へ出る。  急いで玄関を飛び出すと、視線の先には橋めがけて全速力で走る凜子の背中がある。普段は怠けて外にも出たがらないやつがこういう時だけは異様に足が速い。やがて彼女は橋まで辿り着き、弾んだ息を整えながら僕の方を振り返った。  橋は切り落とされていた。  どうやら、誰かが斧のような太い刃物を用いて橋をぶった切ったらしい。その証拠にこちら側の橋の支柱に深いタテ傷が幾重にも走っている。視線をそのまま奥の方に移すと、先刻までかかっていた橋の板が向こう岸の支柱に力なくぶら下がっているのがうかがえた。  僕は駆け足で凜子に近づき、彼女の腕をつかんだ。 「ほら、危ないから」 「…………」  凜子は物憂げな表情で崖の底をのぞき込みながら、聞き取れないような小さな声でぶつぶつと何かをつぶやいている。  しばらく彼女を抱き留めていると、遥か上空で生き物のようにうごめく灰色の雲から雪がちらつきだし、やがてその雪は数分と経たぬうちに大きな粒となって地面に降り注いだ。つと背後を振り返れば、山荘の奥に広がる森の葉が時折ふく冷たい風に大きくあおられてざわざわと音を立てている。  僕は遥か遠くに見える稜線の方に目をやりながら、全身を脱力させてそっと白いため息をつく。口から放たれた白い息は一瞬埃のように舞い上がったかと思えば、すぐ空気中に溶け込み目視できなくなった。僕は目を閉じる。
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