第一章

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 あの封筒が僕の住むアパートに届いたのは、確か千明から義理チョコを貰う前だから二月の上旬くらいだったように思う。凛子が急に郵便受けの中を気にしだしたときから何か嫌な予感はしていたが、つまりその予感は見事的中していたというべきなんだろう。もしかしたら節分に厄除けの恵方巻きを食べなかったのが災いしたのかもしれない。  その日、僕が学校から帰宅したとき、なぜか凜子はキッチンで火にかけたお鍋とにらめっこをしていた。頭に花柄の三角巾を巻き、ぶかぶかのエプロンを身にまとっているところを見るとどうやら料理をしているつもりらしい。普段、この子は全く料理をしないからその時点で違和感は充分だったんだけど、鍋からたちこめる異臭を鼻で感知したとき僕の中でその違和感は確かな警戒心へと変わった。  彼女は僕を見つけると苦笑いをこしらえ、持っていたお玉を意味もなく振り回した。 「あ、おかえり」 「何をやっている?」 「おりょうり?」  疑問形で返答するあたり、どうやら失敗の自覚があるらしい。  僕は即座に凜子を押しのけ、強烈な異臭の発する謎の鍋に手をかけたが、マスクとか、心とか、それらしい準備をするべきだったのかもわからない。鍋のふたを開けると、玉手箱にも劣らない大量の煙が中から立ち込めたかと思えば、無残にも黒焦げになった野菜や肉類たちが異臭を放ちながら視界に現れる。 「何だこれは」 「シチュー」 「真っ黒じゃないか」 「これ、ビーフシチューだもん」 「じゃあこの鶏肉らしきものはなんだ?」  やれやれ。  ため息をはきつつ周囲を見渡すと、冷蔵庫にクリームシチューのレシピのコピーが貼ってあるのが見えた。ぱっと見る限りではきっちり材料も揃っている。恐らく凜子も凜子なりに最善の準備をしてからこの料理に臨んだんだろうが、やはりいくら頭で理解できたところで実践に移すにはそれ相応の練習が必要ということなんだろう。
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