第1章

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会うのを中止にすることはできなかった。 だって、予定の変更をしようにも、まだ彼の連絡先を知らない。 住んでいるところも知らないし、勤めている会社名も知らないし、名前も苗字しか教えてもらっていないから、探り出しようもない。 でも、そんなふうに例え情報が心もとなくたって、好きになってしまうことってある。 話すスピードとか、選ぶ言葉とか、立ち振舞いとか。 もちろん、見た目のカッコよさも重視するわけだけれども。 それらすべてが、なんていうか、現在のわたしにうまくフィットした。 会ったばかりの人だったけれど、また話をしたいなと強く思った。 だから、わたしから「会いませんか」って提案した。 はじめてお互いを認識した時と同じ、地下鉄へ降りる階段口で。 今思い返してみれば、けっこう大胆だったのかななんて、答案用紙のラクガキを消さないで提出してしまったような気恥ずかしさに汗をかく。 そして、黒曜石に似たディスプレイにあいかわらず映し出されている自分のマヌケな顔を見て、さらにダラダラと汗を流す。 淡い期待を込めて放った誘いをせっかく受け入れてもらえたのに、こんなバカ面をさらしたら、絶対に引かれてしまう。 きっと、もう会ってくれない。
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