第1章

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その時、わたしを呼ぶ声が耳に届いた。 一発逆転、さらに待ち人のお目見えで気分が一気に上がったわたしは、手にマスクをきゅっと握りしめ、これ以上はないくらいの満面の笑みを、声の主のほうに向けた。 しまった、と思った時点ではすでに手遅れ。 そこにいた彼の目が点になり、かかげた手が宙で止まり、近づきかけた足が一歩後退するのが、まるでスローモーションのようにこの目に映る。 わたしの半月のように盛大にひらいた口元の一角に、ピューピューとすきま風が吹いた。 そろそろとおもむろにマスクをかぶせてみるけれど、もう今さら何もかも遅すぎる。 「……どうしたんだい?それ」 指をさしてくる彼の表情は、戸惑っているようにも、おののいているようにも、見て取れた。 「……ちょ、チョコを」 正直に白状する以外にできることはない。 「……れ、冷凍庫から出したばかりで」 素直に打ち明ける唇が小刻みに震える。 とうに熱せられた耳たぶまでもが、火を吹くように赤くなる。 やばい、泣きそうだ。 すると彼は、Yシャツの胸ポケットからブルーのソフトケースに入ったスマホを取り出した。
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