第1章

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あ~と彼は黒目で天をあおぎ、 「行こうと思ってたところは肉料理なんで。治療したばかりの歯じゃ、ちょっとキツいでしょ。だから、食べやすいものがある別のところに行きましょう。せっかくなら、満足してもらいたいんでね」 それから、わたしか昨日に気に入った少しだけ高圧的な笑顔で微笑んだ。 「あ、こんな気づかい上手なとこ見せたら、オレに惚れちゃいますね。まぁ、それもいいでしょう。言っておきますが、オレとの結婚生活は頬骨が痛くなるくらい笑いの連続ですよ。覚悟してください」 わたしは一瞬目をしぱしぱさせて。 そしてすぐ、噴き出した。 変わらないあつかましさが嬉しくて、涙が出る。 豪快に歯をむき出しても、マスクをしているおかげでぜんぜん気にならない。 「よかった」 目を細めて彼が言った。 「あと数秒遅かったら、マスクをされちゃうところだった。風邪引いちゃったのかと勘違いしたままだったら、心配で今夜眠れないところでした」 そんな彼の言葉を聞きながら、ふるふると再び震える唇と心を、白い四角の綿の生地でわたしは隠す。 どんなに断崖絶壁に追いやられていたとしても、昨日会ったばかりの人だとしても、この人との約束をすっぽかす気だけは最初から頭になかった。 だって、会いたかったから。
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