6 言いたくない

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みのりは驚いて目を見開いた。 今確かに、“みのり”と呼んだ。 落とした視線をゆっくりあげれば、章はまた首をかしげた。 「どうかした?」 「今……名前、」 「……ダメだった?」 そう聞く章は少し悪戯に微笑んだ。 「ダメって言われても呼ぶけど」 「ううん、ダメじゃなくて、」 「なに?」 「……嬉しかった、だけ」 目を伏せるみのりの髪が太陽に反射して輝いた。 章の手は自然にみのりの頭へ伸び、ぽんぽんと2度ほど跳ねてくしゃりと撫でる。 「あ、髪、ぐちゃぐちゃになっちゃった」 言いながら章は髪を撫でつけるようにした。 「待ってて。直すから」 髪を撫でつけるのをじっと耐えるみのりが可愛くて、 「ははっ、」 思わずと言う感じで笑ってしまった。 「谷口くん、なぁに?」 みのりがしたから覗くように見上げる。 隣からのこの距離に、章はどきりと心臓を鳴らし、そして柔らかく笑う。 まさかこんな近くに居られるようになるなんて。 自分を見上げる視線を見つめながら、不意にまた誠の顔が頭をよぎった。 アイツにもこんな顔をして見上げるんだろうか。 こんなに可愛く見つめるのだろうか。 「谷口くん?」 「っ、」 章は一瞬ためらって、口を開いた。 「アイツ……」 「あいつ?」 「アイツ……誰?」 「誰って……誰?」 キョトンと首をかしげるみのりに、章は自分が口にした事に目を見開いた。 『西駅ー、西駅ー、降り口は左側です』 車内アナウンスが流れ、章ははっと我に帰ると、 「いや、なんでもない」 みのりの頭をポンと撫でてあっという間に降りて行ってしまった。
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