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雑木林のような敷地に入った。
散歩コースからも外れていて、ちょっとした自然を楽しむ場のようだ。
木が密集している、という程ではないが、一本一本が結構大きく背が高いので、葉の生い茂る夏は良い避暑地になりそうだった。
今は、禿げた枝が寂しげに伸びており、光が程よく射し込んで暖かく、足元に敷き詰められた落ち葉の感触が心地好い。
所々に、美術作品めいた風変わりなベンチが点在していて、休息にちょうど良さそうだ。
その中の、切り株を抽象的に模したようなベンチに、スイちゃんはようやく、腰を下ろした。
手を繋いだままの私も、隣に座る。
「スイちゃん。どうした?」
怖々と、と表現したくなるようにゆっくりとこちらを向いたスイちゃんは、同じようにゆるゆると、口を開いた。
「アキ」
少し待ったけれど続く筈の言葉がない。
私は、ゆっくりと返事をしてみた。
急がなくて良いよ。焦らず、自分の良いペースで話して、という私の気持ちは伝わっただろうか。
「アキ。あのさ」
私はまた、一拍、間を空けて応える。
「うん」
「アキのこと、恵美子って呼んでも良い?」
息が。止まった気がした。
彼が呼びたいと言ったその名は、私の……安芸恵美子のファーストネームだった。
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