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「最悪だ…この世の終わりだ…」
そう嘆いたのがつい二日前のことだと思うと信じられない気持ちになる。
だが、今ではそれすら心地よいと思えてしまう。この結末は俺が生まれたその時から決まっていたと言われても、今なら素直に受け入れることができるだろう。
もうすでに足が動かない。
だが、この身体がこの世に留まることを許される限り、俺はあいつの側にいようと誓った。
「そんな出勤時間遅らせなくてまで見舞いにこなくてもいいのに……」
そう言い薫は苦笑した。だが心の底から嫌がっていないのは一目瞭然だ。
「俺の勝手な自己満足だ。薫はそんなに気にすんな」
俺はおもむろに手を伸ばし、薫の頭をくしゃくしゃと撫でる。薫はそれに嫌がるそぶりを見せずに、猫のような気持ち良さそうな顔を見せた。
「……にしても、味気ない病室だな」
「どこもこんなもんだよ?あーでも、花の一つは欲しいかな」
猫のようなとは一変、何かの意図を含んだ表情を見せた。
もとより何かの見舞い品はもってくるつもりだったので悪い気はしないが、どうも掌で踊らされているような感覚が拭えない。
「はいはい、何本でも持ってきてやるよ」
それでも結局、何も言えずに従うしかないのだ。
してやったり、そんな意味を込めて薫は俺の頭に手を伸ばすが、それを軽く払いのける。仮にも男として撫でられるのは気恥ずかしい。
「えー、いじわる。自分はよくて私はダメなんだ」
「あのな……」
その後二十分ほど談笑し、俺は病院を後にした。
寂しそうな薫を置いていくのは気が引けたが、仕事となれば仕方ない。
俺の妻、薫は軽い肺炎ということで入院している。
結婚後、初めての大きな病気というのもあってかなり心配したが、咳以外に目立った症状も見られずに、こうして元気な姿を見ることができている。 家に薫がいないのはなんだか物足りない感じがするが、それだけで幸せだと日々思っている。
今注げない愛情は、薫が完治したら目一杯注いでやろう。
そんなことを思いながら、仕事への道をただ走った。
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