手と誓い

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一人残された病室で、薫は夫からもらった小説を閉じた。 「……はぁ」 どうしようもない不満を孕んだため息は、白の部屋に吸い込まれるように霧散した。 夫は毎日病室を訪れているものの、薫の孤独全てが埋まるわけではない。 幸い、軽い肺炎だったので、そこまで感染力が強いわけではないが、こうして隔離の一歩手前の措置にとどまっている。 それ自体に不満はないし、自分のせいで感染…なんて話が出てきたら申し訳なくて死んでしまいそうだ。 この措置は私にとっても都合がいいものだ。これが建前であり、本音はまた違う。 一人は怖い。一人は寂しい。誰か一緒にいて欲しい。 他のことで抑えつけた心の声がここぞとばかりに溢れ出す。その声に押しつぶされそうになったのは一度や二度ではない。 だが、それに今まで耐えれたのは夫による毎日の見舞いであるのも事実だ。 それがなかったら冗談抜きで孤独死だっただろう。 あぁ、自分は弱いな…………その自嘲は一つの異変によってかき消された。 こみ上げてきた何か。それはいつもの咳の類だろうと思ったのも束の間ー 「……え?」 当てた手に広がっていたのは、目に痛いほどの朱の世界。病室の白と対比した命の欠片。 「なんでっ……!?」 自分はただの肺炎のはず。完治に向かっているはずが、なぜこんなことに。 だが、思考のループは許されなかった。喉の中を駆け回る痛みとは違ったものが脳髄を刺した。 「ッ……!」 足、次に痛みを感じたのはそこだった。 血の点描画と化した布団を跳ね飛ばし、自身の足を確認する。 そこにあったのは、何度も殴られたような青アザ。それもただ広がるのではなく、テントウムシが何十も這ったようなまだら模様のアザだ。 私は、肺炎じゃない……! そう悟るのと、二度目の吐血は同時のことだった。
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