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「最悪だ…この世の終わりだ…」
会社の休憩途中に鳴り響いた携帯の音は、無慈悲な事実を吐き出した。
『薫さんは……ALNです』
それを聞いた途端、俺はその場に膝をついた。
ーALN。それは二年前に初めて確認された死を運ぶ伝染病の略称だ。
二年経った今でも、効果的な治療法はなく、致死率は九十パーセントという数字を保ち続けている。
数ヶ月前に、初めて日本で確認されたALNはゆっくりとだが増えていき、その一人に薫が選ばれたということだろうか。
何かの間違いであってくれ。
上司に何の連絡もせずに俺は会社を飛び出した。それが是か非かはわからないが、とにかく俺は無我夢中で病院へ向かった。
そして、信号などで道を阻まれる時に脳裏をよぎるのは、薫の死。
「畜生っ……!なんでもっと……」
こみ上げるのは自責の念。なぜ、なぜ、なぜが寄ってたかって俺を叩く。
やめろ、やめてくれ。
俺が悪い。悪くない。
助けることができた。どうしようもない。
苦しい。苦しい。
悲痛な叫びをあげる薫が頭の隅に居座り、頭を殴られたような衝撃が走る。
どれほど経ったかわからないが、気づけば病院の目の前にいた。
何を喋ったかは覚えていないが、受付にすら怒鳴るように吠え、おずおずと出てきた医師にも思わず罵倒を運ぶところだった。
「……こちらへ」
肩で息をし、目を見開く俺に医師は無粋な言葉は挟まなかった。
連れて行かれたのは普通の病室と違った無機質に無機質を重ねた部屋だ。
……といっても、いわば薫は隔離されている状態だ。薫はカメラ越しにしか見ることしかできない。
「薫は……薫はどうなんですかっ!」
的を得ない発言にも、医師は微動だにせず瞳を開く。
「薫さんのALNはかなり進行しています。これもALNの知識がなかった私どもの責任です」
「…………」
「すでに足に斑点が出ています。……もう彼女を救える知識を持つのは世界のどこにもいないでしょう……」
「…………」
涙は、出てこなかった。
もはや怒りすら出てこない。致死率九十パーセント、そして残った十パーセントとは早期発見ができた場合のみの話だ。
よって、薫は百パーセント死ぬ。
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