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医師のせいにしようと思えばできる。だが、それはお門違いなのは言うまでもなかった。
「……先生。薫に会わせてください」
もはや俺にできるのはこのくらいだ。だが、それは通常の社会では認められないこともわかっている。
「残念ながら無理です。感染した場合はこちらでも対処できません」
「感染してもかまいません」
「そういうわけには……」
医師は口ごもる。例外なのは向こうも同じなのだ。
「……先生。人の命は軽いですよ」
「そんなことは絶対にないです」
流石に否定が早いが、俺が話したいのはそんなことではない。
「人口は七十億もいるんですよ。その中の一人二人です」
「人の価値は常に変わるものではないです。たとえ数が増えたとしてもそれは変わりません」
頑として引かない態度は、医師としての鑑だ。だが、長い歴史の中で紡がれたものを突き崩すのはいつだって非常識なものしかないのだ。
俺は後ろにあったメスを突き出した。
「間違えんなっ!これは願いでも要求でもない、脅迫だ。俺を薫と同じ部屋に入れろ」
「そんなっ……!」
銀のメスが医師の首筋にあてられ、空気が張り詰める。周りの看護師も慌てふためくが、下手に動くこともできない。
「俺は感染してもいい。そもそも、外に出なけりゃいいんだろ?」
「それは……」
「俺はここで薫と死ぬ。頼む、医者として無視できないのはわかっているが、目をつむってもらえないか」
哀しい覚悟だ。だが、これ以外の答えを俺は持ち合わせいないし、今を何度繰り返しても同じ答えを出すだろう。
「……わかり…ました」
ついに医師は折れた。その答えを聞くと、俺はゆっくり微笑む。
「ありがとう。勝手なことに付き合わせて悪いな」
わかったと言った以上、俺の後を止めれる人はここにはいなかった。
そして俺は、薫が待つ重い鉄扉の先へ消えた。
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