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"砌町(みぎりちょう)"
そんな田舎町がある。
今なお自然が多く、多様な高層ビルに囲まれているだけに、一際一昔前のような雰囲気が醸し出される。
そんな田舎町だ。
季節は夏の8月。お盆時。
高々と上がった太陽が、地上に向けて容赦無く日光を降り注ぐ。
気温も高い。
外を出歩けば、たちまち汗が吹き出す事だろう。
それでも、夏休みを謳歌する学生の姿が、人口の多くない砌町内でもちらほらと見掛ける。
───そんな中。異様な人間が一人、砌町内を闊歩していた。
見た目の年齢は、30代後半か40代前半。
身長は190cm近く。肩幅が広く、腹回りはスッキリとしている。
頭一つ以上大きいその男は、ただ歩くだけでも人目を引き付けてしまう。
そしてその格好にも、人目を引く要素があった。
気温が30℃以上ある今現在において、不似合いな黒い革のジャケット。
見ているだけで暑苦しい思いが駆け巡る。
されど不思議な事に、男の表情に苦悶は無い。それどころか、汗の一つも出ていなかった。
大きな体格とは裏腹に、身軽な足取りで男は歩く。
やがて、足は止まった。
ある店の前だ。
「・・・ああ。ここか」
男は笑みを浮かべ、その店を見上げる。
和の要素が多い砌町の中で、数少ないパン屋。
「シリウス・ベーカリー」と、看板には記されていた。
シリウス・ベーカリーは、ある一件を境に客足が増えて繁盛したパン屋である。
近頃では、スーパー等でもシリウス・ベーカリーのパンが出回っている。
その一件までは一人で業務を行っていたが、繁盛するに伴いスタッフも雇った。
そんなパン屋のオーナー。
鼓一星(ツヅミ イッセイ)は、休憩に店の外へ出てタバコを吹かしていた。
今は、昼休みという一番客足が盛んになる時間帯を終え、一段落付いた所。
他のスタッフ達はバックヤードにて少し遅めの昼休みに入っている。
心地よい疲労感が、一層タバコを美味しく感じさせる。
顔を上げてみれば、空は雲一つない快晴。
今日も暑くなりそうだ。
そう感慨に耽っているところに、一人の人影が近寄ってくる。
「───よお。久しぶりだな」
自分のとは異なる紫煙の香りと、昔に聞き覚えのある声が、一星の五感を刺激した。
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