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ガードレールに接触しようが、コンクリートウォールを掠めようが、走り屋二人と2台は決して譲らない。
見えない火花を煌々と散らしながら、八重山峠のダウンヒルを走る。
甲高いスキール音が。
大気を震わす排気音が。
体の芯を熱くさせる。
負けたく無いというプライド。
絶対勝つという闘争心。
テンションの上昇に比例して、危険度も上がる。
一瞬たりとも気が抜けない。
シビアなマシンコントロールが要求される状況下。
それでもドライバー両者に去来したのは、意外にも穏やかな感情であった。
居心地の良さがあった。
自分はここにいて然るべき。
そんな確信。
リスクを背負って勝ち負けを決める場でありながら、心のどこかでは『ずっとこのまま』続いてほしいと願っている。
次第に走りも変化していく。
アグレッシブなコーナーワークを見せていたスタリオンだったが、少しずつ見せつけるようなドリフトをするようになる。
後ろの車もそれに合わせる。
スライドアングルとスピードをスタリオンとシンクロさせ、まるでドリフトコンテストの様相を呈していく。
『どうだ凄いだろ』
『いや俺の方が凄い』
まるで新しいオモチャを見せつけ、比べあう子供のように、無邪気な走り。
近距離でのドリフト合戦は、麓に到着するまで続いた。
しかしそれでは終わらない。終われない。
即座にスピンターンし、前後を入れ換えてヒルクライムに入る。
───それから何本も走った。
それでも決着は着かなかった。
それでも両者、互いに身を引いた。ガソリンとタイヤが限界だった。
スタリオンの背後を走っていたのは、青い日産フェアレディZ S30Z。
スタリオンよりも少しだけ古いスポーツカー。
しかし一星にはわかった。
音だけでも分かる、その車の雄弁なまでの存在感。
普通のハズがない。
そんな車に乗るあの男も、普通では無い。
小さくなっていくZのリアテールを見つめながら、一星はまたどこかで会えると、そう思っていた。
そんな気がしていた。
───しかしその夜以降。一星がZと出会う事は無く、噂の一つも聞くことは無かった。
それから暫く経って、一星は走り屋を引退した。
伝説は、幻となって消え去った。
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