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気が付けば男。青山昭俊の姿は影も形も無くなっていた。
まるで、元からそこにはいなかったかのように。
吸っていたタバコも、いつの間にかフィルター部分まで焼けていた。
吸えなくなったタバコを灰皿に押し込む。
まるで夢でも見ていたかのような気分だ。
つい先程までのやり取りそのものが、夢や幻の類いだったかのように。
不思議な程に実感が沸かない。
暑さに頭んやられてしまったのか。
そんな時だった。今度は別の声が離れた所から聞こえてきた。
聞き覚えのない、若い男女の声だ。
「なぁ姉貴。ホントにこの辺なんだろーな?
やだぞ。こんなクソ暑い中これ以上歩くの」
全身黒尽くしの若い青年が愚痴った。
「・・・大丈夫。合ってる・・・ハズ」
白を貴重とした服装の、物静かな女性が告げる。
「ハズってオイ。ふざけんなよ空テメ。
お前の買い物に付き合わされてんだぞ俺達」
一番背の高い男が、額に浮かんだ汗を拭いながら言う。
一星の視界に入った、そんな三人の人影。
男が二人に女一人。
その3人は人相がとても似ている。
ついでに言えば、先程まで話していた昭俊にも。
やがて3人と一星の視線があった。
同時に、3人の表情に安堵が浮かぶ。
「ああここだよココ!あー見付かったー・・・」
全身黒尽くしの一番若い男が安堵からそう溢す。
そうして3人はシリウス・ベーカリーの店内へと入っていった。
そこで一星も気が付いた。
ああ、こういう事かと。
そして悟った。
確かに、それでは走れない。
小さく笑いを溢し、一星はまた青空を見上げた。
今日はお盆だった。
これを伝えに、彼はわざわざここへ来てくれたのだろう。
(そういう事なのじゃろう?昭俊よ)
ならば、自分がする事は一つだろう。
久々に楽しくなりそうだ。
「はてさて、咲華ちゃんとどっちが速いかのう。
楽しみじゃわい」
朗らかな笑みを携えて、一星も3人の後に着いていくように店内へ入った。
───この数時間後。赤、白、黒。3台の新旧フェアレディZが、八重山峠に姿を現した。
2台分のエンジン音とスキール音が、夜の帳が落ちた八重山峠に響き渡った。
その事実と結末を知るのは、極限られた数人しかいないという。
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