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白いのは壁のカーテンだ。窓が閉まっているのか、窓が無いのか、嵌め殺しなのか、微動だにしない。それなのに、じっと見つめていると中央の右寄りに顔が現れて来て何かを伝えようとするから不思議だ。ああ おう あう、と上唇が動いて、カシャリ、と顎が鳴るような形を作る。声は聞こえない。空気が振動していない。振動しているのは、わたしの周りの分子と流れては消えては現れる人影の近傍だけだ。苦労しながら溜息を吐いて、それから目を閉じると音がまた聞こえた。いや、聞こえたのではなくて見えた。くっきりと鮮やかに艶やかに周囲が窪んだ金色の球体のように鳴って、また割れる、砕ける、細分化される、粉々になる、半分、半分の半分、半分の半分の半分、さらに三つに九つに八十一ヶに四角く割れて、ついで破片が寄って、くっつき始める。首の後ろがゾワゾワして目の奥が痛くて遠くて、こめかみがジンジンして、熱が身体に憑いたのが判る。本日の顔は白く歪んだ球体で昨日は髑髏のようだったが詳細は忘れた。いつも忘れている。血が抜かれて記憶まで外部に盗まれているようだ。球体の下にマントが生えて来て、てるてるぼうず、みたいな姿に変わってふっと消える。フッと現れる、消える、現われる、消え、現れて、最後は引き裂かれるように左右に飛んで行って掠れて壁の襞に吸い込まれた。壁はきっとわたしの肌でもあるから、やっぱりわたしに憑いたのだと諦める。諦めない。帰りたい。身体が動かない。息もしていないのだから……
生きていない?
ビクンと音がして裂けた筋肉の中から金色をした鐘の音が甦る。目蓋の裏と表で同時に、それは鳴る、鳴っている。それで目を覚ます。もう一回目を覚ます。そしてもう一回、もう一回…… もう一回、もう一回、もう一回。次から次へとどんどん段々順々繰り返し目を覚まし続けると、やがてその音が、かあん、かああん、と響く半鐘の音に摩り替わって、わたしは近くで火事があった事実を知る。都会ではないが、こんな山の手の街中で半鐘の音を聞くからには地域の消防署が近くにあるに違いないとわたしは夢想するが事実は知らない。ただじっと、かあん、かああん、と鳴る半鐘の音だけを聞いている。いや、そうではない……見ている。目の中で、目の奥で、目蓋の裏と表で同時に鳴る音の連続をじっと見ている。見詰めている。
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