盗人

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 自分では判らないが、わたしには価値があるらしい。いや、かつては自分で知っていたのかもしれないが、血の流出とともにそれが壊れて消えて輪になって飛んでいった。現在は知らないのだから…… わたしに価値はない? が、そんなわたしでも何度か盗まれたことがあった。最初は子供の頃だったような気もするが、子供は子供の連続であって、それはわたしではないので記憶違いかもしれない。当時いた場所はここではない何処かで、おそらく山か、森の中だった。あるいは林かもしれず、高原かもしれなかったが…… 少なくとも街中ではなかったと思う。……というのは鳥の声を聞いたからだ。あのときは舌の先で味わったのか? 無論、街中にだって鳥はいる。この部屋のある館の庭にだって雀が訪れる。しきりに…… 移送中にアイマスクがズレて、それが車が橋を渡る瞬間と重なったので鴨が見えた、鷺もいた。それぞれに違う味で鳴き声を感じた記憶がある。うっすらと…… が、それもまやかしかもしれない。違っていたのは迫力だ。数も多かったが、それ以上に力強い味がした。塩味が強くて、それとはまた違ったコクがあって甘みもあって舌先を痺れさせるが不味くはない渋味もあった。あとは背景の力だろうか? 緑の木々たちがどのくらい世界のエネルギーを感じているのか知らないが、それが鳥たちの身体に宿っていて、羽ばたきにも関連したし、鳴声だって内臓の内側から押し上げた。そこに棲むすべての動植物たちと渾然一体となった気配があって、館の壁の中のベッドの上のわたしへも空気を揺らしてドスンと突き抜けて濃厚に伝わった。だから山か、森の中だと感じて思った。林かもしれず、高原かもしれなかったが……  わたしはごく狭い範囲でしか館の周りを見ていない。けれどもそこには木があって、木があって、木があった。館に通じる道路以外のすべてに…… でも判らない。波動を感じたのだから偽物ではなかったと思うが、実は都会の何処かに寄せ集められた可哀想な木々や複数の鳥たちや土たちの集合体だったのかもしれない。  外から見た館の色は緑だった。だから館が山か、森か、林か、高原か、あるいはそれらともまた違った自然の中に建てられていたのだったら偶然館に迷い込んでしまった旅人は見過ごすかもしれない。館の窓が小さくて、しかもそれが鏡のように周囲の緑を映すのだから、返すのだから……
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