盗人

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 でも盗人は迷わず遣ってきた。目的があったのだから迷う心配などありえなかったのだろう。警備の人間がいなかったとは考え難い。だから殺されるか、眠らされるかしたのだろう。今ならばそう思える。当時は考えが浮かばなかったし、及ばなかった。与えられる情報も少なかった。もっとも、それは今でも変わりはないが…… 知りたいという欲望さえ、当時から枯渇していたのかもしれない。隣かその先の隣接する部屋には医者や看護人がいたはずだが、彼女と彼たちも殺されるか、眠らされるかしたのだろう。たぶん。わたしには知りようの無いことだが……  ドアの鍵を開けて部屋に入ってきたときには乱暴な感じがしたが、それ以降の盗人は淑女だった。迷彩服を着た見知らぬ女。今はもういない……だろう。既に土の中で骨になっているか、あるいは強酸ですべてを溶かされたか? わたしに力が働けば生き返らせることが出来るかもしれないが、それは無意味な延命だろう。あれから時間が立ち過ぎている。上手くいっても、成功しても、太陽の光を浴びた途端、盗人だった彼女は長い年月を失い灰に変わるに違いない。あるいは変わらないかもしれない。彼女の意思で、それが決まる。無論それだけで自然が、この世界が、それを許すはずもないが、大半は意思だ、想いだ、信じる心だ。おそらく、きっと……  わたしの顔を見たときだけ盗人の表情が驚いていた。どんな話を聞かされたのか尋ねなかったし、また当時のわたしに想像出来るものでもなかったろうが、おそらくわたしが若過ぎて、それ以上に幼くて、仰天したのだろう。次に浮かんだ表情は哀れみだ。この先、わたしが別の手のものによって同じ扱いを受けるのだろうことを憂えたのかもしれない。が、当時のわたしは単純で無知な子供だった。だから彼女を好きになった。不幸はいつも不意打ちだが、それを予期せぬこともまた罪なのだろう……  本当か?  ――歩けるか? と彼女は訊いた。  ――うん。歩ける、とわたしは答えた。
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