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 誰かがやってくる。  辺りは薄暗くて、自分がどこにいるのかも定かではない。でも、遠くから近づいてくるのは、女だ。そのことだけは、なぜかはっきりと分かる。  逃げなければならない。  そう思うのに、まるで水の中で走ろうとしているかのように、手足が重い。足は、地面の代わりに実態のない水を蹴って、わずかに前に進むだけだ。  これは、きっと夢だ。いつもの悪い夢だ。  女が近づいてくる。廃墟とも草原ともつかない場所をすべるように。腰までもある長い髪が、ゆらゆら揺れている。  夢だ、目覚めなければ。そう思った瞬間、布団の中にいた。  よかった──。  安堵したのも束の間、首筋に食い込む何かの感触に気づいた。  見てはいけない。  分かっているのに、目を開かざるを得ない。そうしなければ、多分、この悪夢は終わらない。  女は、聡の上に馬乗りになって、聡を見下ろしていた。赤い唇が目に飛び込んでくる。  顔立ちは、分からない。だって覚えていない。長い長い髪が、聡の身体の上でとぐろを巻いていた。  女が、振りかぶった手を振り下ろした。  聡は、声にならない悲鳴を上げた。  今度こそ本当に目が覚めた。気持ちの悪い汗をかいていた。
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