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 行けない事は伝えたし、これで電話が終わるとばかり思っていた真琴は、勇仁からそう聞かれて思わず慌てた。  少し曖昧な表現をしてしまった為に、後に控えてる講義から来ると思われてしまった。  ここではっきり行けないと答えると、今度は勇仁の機嫌を損ねてしまうかもしれない。  言い終わった後に改めてそう考えて、どう答えればいいかと頭を悩ませる。  それでも最初にはっきり言って不機嫌にさせずに済んだと思えば、結果的には曖昧に答えたのは正解だったとも思えてきた。  どちらにしても、真琴の身体の状態を考えれば、行けないとしか答えようがなかった。 「え、あ……今日は、無理かも」  早朝に帰宅してから倒れこんだ形でベッドにダイブし、そのまま寝た事で少しは回復してきている。とはいえ、まだ身体の節々が痛いままなのは変わらない。  真琴の家から大学までは、電車で二十分程の距離だ。比較的近くではあるが、この状態で向かうとすれば、途中で力尽きて倒れるだけだろう。 「まこ……」  後は、勇仁に合わせる顔がないという理由もあった。  勇仁が起きていたかどうかの疑いが、真琴の中で完全に晴れた訳ではない。  電話だけならば、声を上手く繕うだけで何とかやり過ごす事は出来る。しかし、顔を合わせる事になれば、表情や行動の微妙な変化まで見られるので、誤魔化しが利かない筈だ。  同時にそれは真琴に対しても言える事なのだが。あいにく今の所、勇仁を前にしていつも通りでいられる自信は、真琴には皆無だった。  だからこそ今は会う機会を作りたくない。もし、一週間ぐらい勇仁と顔を合わせず済むのなら、迷わずそうしたいと思う。
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