最悪だ……この世の終わりだ……

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「最悪だ……この世の終わりだ……」  さっきから隣でぶつくさとうるせえなあ。イヤホンを通してお気に入りの音楽を聴いているっていうのに、その恨み節のような辛気臭い声がやたらとクリアに聞こえてくる。ノイズキャンセリング機能はどうしたとイヤホンに向かって文句を言いたくなるってものだ。  声の主は隣に立って、同じ電車を待っている、くたびれたスーツを着たサラリーマンだ。よれよれにスーツにコーディネイトされているのは似合いの汚い靴。  親に「他人というのは靴や時計などの小物もよく見ているもんだ。それがそのままお前の価値になるのだから、いつもちゃんとした靴を履いておけ」と口を酸っぱくして言い聞かされた自分から見たら信じられないような汚れ具合だ。  靴を見て余計に苛立ちが沸いたのだが、それはこの男が今自分が履いている靴と似たような靴を履いているからかもしれない。形は同じプレーントゥのタイプで色は黒。それだけしか共通項がなさそうだというのに、似た靴をぼろぼろに扱っている、というだけなのに、俺の苛立ちのスイッチをうまい事押してしまっている。  そんな風に思ってしまえば、ますますこの男の呟きが耳に入ってきて不愉快だ。 「ああ、俺の人生なんて……どうせ最初から間違っていたんだ」  あーあー悲劇のヒロインぶっちゃって。鼻で笑うのを寸でのところで我慢する。男だったら人生くらい自分で切り開け、っていうだろう。これも父親の口癖だけど。 「本当に、もう、どうして……」  おいおい。こんな公共の場でめそめそし始めたぞ。ぎょっとしたけれど、音楽に耳を集中させて、平静を取り繕う。でも聞こえてきちゃうじゃん。めそめそめそめそとした鬱陶しい男の声が。ああもう男なら泣くな、と一喝してやりたい。  女の子だったら「可愛いお嬢さんに涙は似合いませんよ」なんてかっこつけてナンパしているところだ。……いや、たぶんしないけど。 「俺の人生って、一体なんだったんだろう。……母さんはどうして俺を産んじゃったんだ」  まーショウガナイデショー。産まれてきちゃったら生きるしかないっしょー。  友達に言われたら俺はきっとこんな感じの軽いノリで返したところだ。けど、知らないオッサンを慰める性癖なんざないので、ここは敢えてのスルー戦法だ。もういい加減に黙ってほしいもんだ。  あー早く電車来ないかなあ。乗り込んでさえしまえば、もう聞こえないだろ。
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