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その時、がやがやとしたホームに、駅員の声が無情にも響き渡った。
「お客様に申し上げます。ただいま、当駅構内で、線路内に人が立ち入りましたため緊急点検をしております。このため、当駅発着の電車が遅れますことをお詫び申し上げます」
「げーまじかよー! やべーよ、俺単位落としちゃうじゃん!」
俺の声を代弁するかのような声が列の後方からきこえてきた。
まじかよー。早く電車来てほしかったのにー。後ろの兄ちゃんはちゃんと遅延証明書を持って大学へ行けばちゃんと考慮してもらえるんだからいいじゃないか。
俺は、もう一刻も早くこの隣でぶつくさ言い続けるオッサンと離れたいのだ。電車が遅れれば遅れる程、おっさんの呟く声に心の突っ込みを入れ続けなければいけないではないか。
「ああ、ついてない。こんな時に電車がこないなんて……」
おうオッサン。初めて気があったな。俺もそんな気持ちだ。ハイタッチでもしてやろうか。
「俺は、いつもいつも、ちょっと遅いんだ。気が付いた時には手遅れなんだ」
そうか、じゃあ、その経験を生かして、次の職場でも頑張ったらいいじゃないか。決まればだけど。
きっとリストラでもされて、彼女に振られて、一家離散して、財産もだまし取られて、というストーリーがあるのだと勝手な想像をする。あ、ついでに片親で、不倫の末に出来た子だったりして、きっとそれを知ったのも最近なのだろう。
うんうん。これだけあれば、かわいそうなストーリーを背負った男の出来上がりだ。だから、こんな公共の場所でめそめそしていても、俺に愚痴を聞かせ続けるのも、きったない靴を履いて俺を苛立たせるのも仕方ないヨネ。
なんて誰が思うか。うるせえもんはうるせえんだ。
「あーもう」
俺は、覚悟を決めた。神様、今からこの哀れな子羊がはた迷惑な乗客になりますことをお許しください。
周りの音が全く聞こえないくらいに音楽の音量を上げてやるんだ。音漏れがなんぼのもんじゃい。さっき馬鹿な大学生の五月蠅い声まで拾ってしまう程の慎ましい音量で音楽を聴いていた自分が馬鹿だったのだ。
じゃかじゃかと、いくら気に入ってるとはいえ自分でも喧しいと思える程度まで上げてやった。これで、周りのオッサンたちは俺の音楽の趣味がバレバレになるのだろう。
そして、俺はオッサンの呟きから解放されるのだ。
「はあ……」
……なんだ?
「……はあ」
……なんだと?
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