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俺様の頭の中でガンガンと鳴り響くプログレッシブロックに交じって、オッサンの萎びたため息が聞こえてくるだと?
「あの日に、帰りたい」
「ずっと学生でいたかった」
「こんなに毎日が辛いことばかりだなんて」
「誰も教えてくれなかった」
「……親父も、死ぬ前に教えてくれればよかったのに」
……吾輩は学生である。まだ社会人になったことはない。
だから、このオッサンが言う様な社会の辛酸を舐めたことなどないし、親はまだ健在だ。だからこのオッサンの、この俺様の音楽鑑賞という高尚な趣味を邪魔してしまうほどに愚痴を吐き続けるほどの出来事にあったことはない。
だから、正直本当に鬱陶しいだけで、全然同情する気持ちになどならない。
「ああ、もういい加減黙ってくんねえかな。苛つく」
……おっとうっかり。口に出してしまった。ま、わざとなんですけど。
「……」
ん?
「……」
どうやらオッサンは俺の願いを聞き届けてくれた模様。静けさを取り戻して、俺の頭の中に鳴り響くのが大好きなロック音楽だけになった。
ったく。わかりゃ良いんだよ、わかりゃ。
けどよ、オッサンよ。他人に迷惑をかけちゃいけないんだって、小さな頃に習うだろ? 俺が文句を言うまでにやめてくれれば苛つかずに済んだんだし、おっさんもこんな小僧に嫌な気持ちになることを言われずに済んだんだぜ?
「……」
「ん?」
静かになったと思ったのに、オッサンがまだ何かを言っている?
「……」
ほんの小さな声で何かを呟いている?
「……見ろ」
見ろ? 何を?
気にしたくないのに、俺の耳がダンボになってしまう。
「……俺を、見ろ」
「……?」
「俺の姿を覚えろ!」
俺の耳を破壊したいのかと思うほどの最大音量でその声はした。俺を覚えろ、とは。
言葉につられた俺の目に入ったのは。遅れて入ってきた電車にふっと吸い込まれていったオッサンの体。
頭が結果を予想する前に飛び散った飛沫。欠片。部品。網膜に焼き付いたのは、寸前にこちらを向いて笑ったその顔。
茫然とした俺は何事もなくホームに滑り込んできた電車が、何事もなく扉を開けたことに唖然とする。
「電車遅れましたこと、お詫び申し上げます。この電車は当駅を10分遅れて出発致します」
「え?」
今確かに、人生に絶望したオッサンが電車に轢かれた。それなのに、立ち尽くしているのは俺だけで、悲鳴の一つもない。
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