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「おい。ぼーっとしてんなよ、乗らねーなら邪魔だろーが」
「あ」
後ろからどんっと音を立てて、馬鹿な大学生が俺を押しのけて電車に吸い込まれていった。俺もこの目の前に来た電車を待っていたのに、足が動かない。
「あ、え?」
阿呆のような言葉を発する自分を置いて、電車はいつも通り、乗客をすし詰めにして出発する。
そのタイミングでポケットの中から電子音が響いた。手が慣れた動作を勝手に遂行する。俺の脳内は焼き付いたオッサンの顔と声に支配されている。
「もしもし! こちらは都立病院ですが、佐々木様の携帯電話から掛けさせていただいてます。落ち着いて聞いていただきたいのですが、たった今ご両親が事故に遭われてこちらの病院に運ばれてきております。危ない状況ですので、今すぐに来院いただきたいのですが」
「……はあ」
急に何を言ってるんだと思うのに、瞬時に俺は悟った。
両親はこのまま死ぬのだろう。そして、そのドタバタで就活もできずに、むしろ学費も払えずに俺はそのまま大学を辞めるのだ。大学でできた可愛い彼女はそんな俺からあっという間に有名企業に内定をもらった学友だった男に乗り換える。
何とか碌でもないブラック企業に拾ってもらった俺は、心身を限界まですり減らして、やがてミスを起こした会社にその責任を全て押し付けられて、とても払えない額の損害賠償請求をされて、何もかも失ってから放逐されて、そして――このホームに辿り着く。
そして、俺は隣りにいた、過去の自分に愚痴を聞かせ、最期は微笑しながら、電車に飛び込む。
草臥れて、小汚い靴が同じなのも当たり前だったのだ。オッサンは俺の未来なのだ。
「最悪だ……この世の終わりだ……」
無意識にオッサンと同じ台詞を口にしていた。慌てて飲み込んでももう遅い。
その終末は必ず来る。あのオッサンの姿を覚えた瞬間に、俺の未来は確定してしまったのだから。
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