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「ま、分かったならいいけど」
そう言って、彼女はポケットから携帯灰皿を出し、ふかしていた煙草を揉み消し、換気扇のスイッチに手をのばす。
「くれぐれも、病院の評判を落として、日生ちゃんの顔に泥を塗らないようにね」
「はいはい。じゃあ、そろそろ行きますね」
肩をすくめて頷くと、彼女の横を通り抜ける。給湯室を出ていく瞬間、後ろを振り向くと、彼女はコーヒーメーカーをセットしていた。
「そうだ」
急に思いたち、ポケットの中を探ると、彼女の前にそれを差し出す。
「ありがたいお説教のお礼です」
そう言って差し出された飴に、彼女は意外そうな目を向ける。
「...似合わないモノ持ってるわね」
そう言いながらもそれを受け取り、ポケットにしまう様子を見ると、迷惑ではなかったらしい。
「昨日、居酒屋近くでもらったんです。秘書が煙草の臭いを漂わせているのは、明らかに病院のイメージダウンですし、灰にニコチンを溜めるよりは、体にいいと思いますよ」
作り笑いを浮かべて言うと、彼女の眉間がピクリと動いた。
「摂りすぎれば、肥満と糖尿病の危険もありますが...」
続けようとした言葉は、彼女の無言の圧力によって遮られる。
「早く行ったら?」
「?はい」
そんなに、自分は悪いことを言っただろうか
よくは分からないが、これ以上刺激するのには抵抗があるので、黙って従うことにした。
「あのさ」
背を向けた刹那、彼女の声が追ってくる。
「...世の中には、黙ってた方が身のため ってこともあるのよ」
「はぁ...」
頷いてはみるが、いまいち要領を得ない。
「ご指摘、ありがとうございます」
取り敢えず、それだけ告げて、院長室に向かった。
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