夕餉の匂い

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夕餉の匂い

 夕暮れ近くの帰り道。歩くだけであちこちからいい匂いが漂ってくる。  この匂いはカレーだな。  こっちは何か煮物の匂い。  ソースがメインで香る料理は何だろう。  ん。これは…鰻だ。  町に溢れる、各家庭の夕食の匂い。その中に一軒、最近いつも同じ匂いの家がある。  焼ける肉の匂い。  毎日焼肉?  多少違う匂いが混ざることもあるけれど、基本は一緒。肉の匂い。  よっぽど肉が好きなのか? それとも、どこかから塊肉でももらって、現在消費中?  想像は尽きないけれど、ともかく毎日肉の匂いが流れてきて、そこの家の前を通ると腹が減ってたまらなかった。  だけどある日から、肉の匂いは俺の食欲を減退させるものとなった。  まずその家には救急車が来たらしい。その翌日にパトカーが来て、救急車の日以来、家人の姿は見かけられていないとか。  町の噂じゃ、旦那さんが奥さん殺し、死体をどうにかしようと躍起になっていたけれど、罪の意識からか、幽霊が見えると騒ぎ出して、心配したご近所さんに通報されて救急車。病院でおかしなことを口走りまくったため、その場で警察を呼ばれて逮捕。捜査のためにパトカーが家に来たとか何とか。  ちなみに、捜査の時に野次馬をしていた人によると、死体は相当酷い状態だったなんて噂もちらほら。  人が殺された家から毎日漂っていた肉の焼ける匂い…まあ、ピンとくるよな。  でも俺の食欲が失せたのはその噂のせいじゃなかった。  事件が発覚してそこそこ経った後、そこの家の前を通った時に、誰もいない筈の家から肉の焼ける匂いがしたので目を向けた。  窓は開いてないのに、閉められているカーテンがふわりと揺れて、家の中とそこにいる人が見えた。背中辺りの肉をごっそりと抉られた、見るも無残な姿の女の人が。  遠目でも、骨が剥き出しになっているのが判る惨たらしい姿。その死体からどんどん肉が減っていく。それと同時に、漂ってくる肉の焼ける匂いが強くなる。  ほんの数十秒でカーテンが閉まり、見ていた光景も匂いも総て消えたけれど、この時以来、俺は肉の焼ける匂いを嗅ぐととんでもなく気分が悪くなるのだ。  肉は好きだったんだけどなぁ。もうこの先多分、焼肉とかはできないだろう。 夕餉の匂い…完
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