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「まあ、なんだ。その鼓からは微弱な気配しかしない。たまたま春陽(しゅんよう)と何らかの理由で完全に波長が合ったんだろう。普段なら、微弱な怪異は俺たちには分からないからな。特に春陽(しゅんよう)ほどの能力を持つと、なおさらな」
「春陽(しゅんよう)は隊随一の能力者ですから……」
「まあな」
樹希(たつき)の言う事に局長が短く同意し、タバコに火をつけた。紫煙をくゆらせながら、無造作に左手で頭をかきながら言葉を継ぐ。
「聞きたいことは3つある。まず1つ目、春陽(しゅんよう)はどうして許可を得てないのに抜刀した?」
鋭い目でぎろりと睨まれた。再び局長の手の中に戻ったジッポがカツンと甲高い音を立てた。機嫌が悪い理由は、今や明白だった。
じっと答えを待つ彼の目に射すくめられ、嫌な汗がぽつぽつと吹き出してきていた。喉の奥底からやっとの思いで、声を押し出す。か細く頼りない声だった。
「……怪異が目の前にいたからです」
「今回は調査が目的だったはずだ。退治が目的じゃない。ということは、いつも通り暴走しただけだな。何も考えずに。うん、バカだな」
「……」
「2つ目。どうしてその怪異と春陽(しゅんよう)だけ波長があった?」
「わ、分かりません」
――全ての事象には理由がある。私の師でもある彼の持論だ。
今のような解答が嫌いなのは知っていたが、嘘をつくわけにもいかず、正直に答えた末の反応だった。低く抑えた調子で、彼が言う。さながら脅しをかけるように。
「分からない? 考えろ。頭を使え。鼓を見つける前に何があったか思い出せ。見た夢から、通った路上のごみの位置まですべて」
「無理言わないでください……」
「無理じゃない。自分の持てる全てを使って状況を把握しろ。でないと、怪異に殺される前に普通に死ぬぞ」
普通に死ぬのだけはごめんだ。あの日、私たちを襲撃した怪異を喰い殺した後ならどうなっても構わないが、今、死ぬのだけは避けたい。
頭の中を一から整理する。その日あった出来事で怪異につながりそうなものを。朝、久しぶりに怪異による襲撃事件の夢を見た。それは覚えているが、その前に何か別の夢を見ていた気がする。自分ではない誰かになっていたはずだ。目が覚めた瞬間、夢は立ち消え記憶の奥底に埋もれてしまったようで、思い出すのに時間がかかりそうだった。
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