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怪異を腹に収めることができないのであれば、一番手っ取り早くて有効な手段は1つだけになる。樹希(たつき)を殺す――彼一人の命でこの状況が収まるなら、安いものだ。幸い私たちは身内に毒を宿している。彼の命を断てば、後はその毒がすべて証拠を消してくれる。さらにそれを私が腹に収めれば、完全犯罪の成立だ。
「やめろ。こっち見るなよ……」
「見てない」
「見てるだろ。殺すって単語の後にガン見されると怖い……」
「見てない」
「じゃあ、局長のほうを見ろよ」
「見てないって言ってるだろ」
「じゃあ、睨むのやめろよ」
「ほらほら、見つめあうならもう少し色気のある理由でしろ。白無垢用意しとくからな」
おどけた口調で言われたのが腹立たしくて、思わず殺意を込めて、局長を睨みつける。
彼は心底楽しそうに笑うと、破顔したまま言った。
「怒るな怒るな。その情熱を解決に傾けろ」
「分かってます」
「ならばよし。となると、次は怪異事態の情報が必要だな。どうやって真昼間に呼び出すか……。呼びかけりゃ出てくるかな? ――おい」
局長が鼓をこんこんと優しくたたく。が、何の反応もなかった。何度かそれを繰り返すが、状況は一向に変わらず、樹希(たつき)がおずおずと局長に話しかけた。
「留守とか?」
「今のこいつのおうちはここだし、留守ってことはないでしょ」
「可愛く言っても何も出てきてないですよ」
「ぶっちゃけ、前例ないからどうすればいいのか分からないんだよ」
呑気に話しながら、隣の家に遊びに行くかのような会話が繰り広げられていた。このままでは時間がかかりそうなうえに、このくだらない会話をずっと聞かされる。そう判断した春陽(しゅんよう)は、手近にあった物――ジッポを手に取り火をつけた。赤々と燃える復讐の炎を鼓に無言で近づけていく。
火事になる、水を持って来い、などとつまらない反応をする樹希(たつき)たちを無視して、鼓の紐にさらに火を近づけた時。
あたりに冷やりとした空気が漂った。
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