プロローグ

2/3

3人が本棚に入れています
本棚に追加
/49ページ
 頭上からは、ひらひらと薄紅色の小さな花弁が雨のように降り注いでいた。    河の音が夜闇に響く中、ポンポンと軽やかに太鼓に似た音が響く。その音は、まるで何かを呼び寄せるかのように何度も何度も鳴り響いては虚空に消える。  何度目かに鼓を叩こうとした時、背後から誰かが近づく気配がした。誰が来たかは振り返らなくても分かっている。会いたくて、会いたくて待ち焦がれた人。  まだ顔も見ていないのに、彼女の笑顔が頭の中に浮かぶ。ほんのりと胸の辺りが温かくなった。鼓動が高まり、頬に熱が集まっていくのを感じる。 『お待ち――』  振り返った瞬間、私は凍りついた。暗闇の中に異様な雰囲気の瞳が浮いていたからだ。闇にぽつんと浮いている両の目は鈍く金色に光輝いていた。その中心には、細長く縦に伸びた瞳。人間のそれでは絶対にありえない。目が逸らせない。逸らせば一瞬で殺される。その確信があった。  異様な瞳の持ち主の姿が、私に向かって一歩近づく。身体が凍りつくほどの恐怖に抗い逃げ出すこともできず、恐怖感に苛まれながら目を瞑る。が、その瞬間は一向に訪れなかった。  答えを得ようと恐る恐る目を開けたが、そこに化け物はいなかった。ほっと息をつき、周囲を見渡す。いつの間にか外ではなく室内にいた。足音を忍ばせて少し動くと、畳のようなやわらかな感触が体に伝わる。  どうして、ここはこんなに暗いのだろう。  さらによく室内を見渡してみると、何かが灯りが入ってくるのを遮っている。障子に何かが引っ掛かっているのかもしれない。開ければ、きっと室内がよく見えるはず。そう思い、一歩だけ足をさらに進めようとした時―― 『うわっ』  何かが足に引っかかり転倒した。手に、ぬるりとした生暖かい何かがつく。そこで初めて、今いる場所が異様な状態にあることが分かった。障子に何かが引っ掛かっているのではなく、夥(おびただ)しい量の血がこびり付いて月光を遮っているのだと。  怖い。怖い。怖い。怖い。この部屋で何かが起こってる。まだ、あの蛇のような目をした化け物がいたらどうしよう。逃げたい。でも、あの人がいない。見つけなきゃ。一緒にいないと。彼を放って、自分だけここから逃げ出すことなんてできない。  一呼吸おいて、まずは自分を落ち着かせる。次に改めて室内を見た。彼がいないかと。
/49ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加