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「昔、局長が言ってた。怪異が名乗る名には、想いを強く残しているものに由来するものが多いって。ねぇ、そこの小うるさい怪異。隅田川に転がって来る前はどこにいたのよ?」
「私は――特にどこにも移動してないです。あそこでずっと転がってました。誰にも見つけてもらえず、日がな一日、草をぼうっと見るか、空を見上げてました。たまに人に悪戯されたりして……申し訳ありません……」
「別にいいわよ。これ以上、覚えてないことを気にしても仕方ないもの。とりあえず、できることからしていくから」
「春陽(しゅんよう)さん……」
「春陽(しゅんよう)……」
「怪異ごときが私の名前を呼ばないで」
隣で、樹希(たつき)と怪異が目に涙を浮かべている。そこまで感動することを言った覚えはないので、大人になったなとかなんとか思っているに違いない。あまりにもうざったいので、空気のように扱うことを決めた。
パチパチとキーボードを手際よく操り、春陽(しゅんよう)は苗字と名前で分けて検索をかける。ほどなくして出た結果を見ながら、樹希(たつき)に聞いた。
「もっと絞り込めるような情報はないの?」
「――宗助(そうすけ)さん、何かありますか?」
「申し訳ないのですが、本当に何も思い出せず……」
「じゃあ、雑談でもしてましょうか。ふとしたきっかけで、何か思い出せることもあるかもしれません」
「でも、それだと時間がかかり過ぎてしまうのでは」
ちらりと怪異が私のほうを窺がう。樹希(たつき)が励ますようにして怪異に話しかけていた。
「無駄話から分かることもあるので、気にしなくてもいいですよ。聞いた情報の要不要は我々が取捨選択しますから」
「…………」
「ええ……」
「宗助(そうすけ)さん?」
怪異は暗い表情をして俯いている。隣で景気の悪い顔をされているのも目障りだったので、そっと二人に告げた。
「――怪異ごときに心配されるなんて、私も落ちたものね。あんたぐらい、しばらく憑けてても問題ないわよ」
なんだか、死んだ人間の――皐月(さつき)宗助(そうすけ)の姿を見ていると心がささくれ立つ。どうしてもうこの世から排されるべき存在が、人間らしく振る舞うのか。どうしてこの世から旅立った者が、生きているかのように感情を見せるのか。
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