第3話

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「昔、局長が言ってた。怪異が名乗る名には、想いを強く残しているものに由来するものが多いって。ねぇ、そこの小うるさい怪異。隅田川に転がって来る前はどこにいたのよ?」 「私は――特にどこにも移動してないです。あそこでずっと転がってました。誰にも見つけてもらえず、日がな一日、草をぼうっと見るか、空を見上げてました。たまに人に悪戯されたりして……申し訳ありません……」 「別にいいわよ。これ以上、覚えてないことを気にしても仕方ないもの。とりあえず、できることからしていくから」 「春陽(しゅんよう)さん……」 「春陽(しゅんよう)……」 「怪異ごときが私の名前を呼ばないで」  隣で、樹希(たつき)と怪異が目に涙を浮かべている。そこまで感動することを言った覚えはないので、大人になったなとかなんとか思っているに違いない。あまりにもうざったいので、空気のように扱うことを決めた。  パチパチとキーボードを手際よく操り、春陽(しゅんよう)は苗字と名前で分けて検索をかける。ほどなくして出た結果を見ながら、樹希(たつき)に聞いた。 「もっと絞り込めるような情報はないの?」 「――宗助(そうすけ)さん、何かありますか?」 「申し訳ないのですが、本当に何も思い出せず……」 「じゃあ、雑談でもしてましょうか。ふとしたきっかけで、何か思い出せることもあるかもしれません」 「でも、それだと時間がかかり過ぎてしまうのでは」  ちらりと怪異が私のほうを窺がう。樹希(たつき)が励ますようにして怪異に話しかけていた。 「無駄話から分かることもあるので、気にしなくてもいいですよ。聞いた情報の要不要は我々が取捨選択しますから」 「…………」 「ええ……」 「宗助(そうすけ)さん?」  怪異は暗い表情をして俯いている。隣で景気の悪い顔をされているのも目障りだったので、そっと二人に告げた。 「――怪異ごときに心配されるなんて、私も落ちたものね。あんたぐらい、しばらく憑けてても問題ないわよ」  なんだか、死んだ人間の――皐月(さつき)宗助(そうすけ)の姿を見ていると心がささくれ立つ。どうしてもうこの世から排されるべき存在が、人間らしく振る舞うのか。どうしてこの世から旅立った者が、生きているかのように感情を見せるのか。
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