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「宗助(そうすけ)さん、落ち着いて。それ以上はダメだ」
「でも……分かりそうなんです」
「……樹(たつ)、希(き)っ。いい――あんた何か、思い当たることがあるんだろ。何でもいい、話してみろ」
「はい。隅田川で、彼女の気配がしたんです。私が鼓を鳴らす夜は必ず。私たちは会うことはできなかったけど、傍にいた。すごく近くに……」
「――それだ。私とあんたの波長が完全に合ったのは、そのせいだ」
「は?」
「あの日、隅田川に向かう時には鼓の音なんて聞こえてなかった。でも、帰りには聞こえてた。それが桜の花びらに纏わりつかれたことで完全に一致した。それが藤(ふじ)皐月(さつき)が起こしていた怪異だったとしたら」
「……でも、春陽(しゅんよう)……藤(ふじ)皐月(さつき)はもうこの世にはいないんじゃ? お前、喰っただろ?」
「私が喰い殺した中には、女はいなかった。それだけは覚えてるから、恐らく別の奴だ。そいつが桜の花びらなんて操ってなかったとしたら? 同じ場所に、怪異が2つ憑りついてたんだよ。今回は珍しいことだらけだが、どれもないことじゃないし。
この記事にある、松木(まつき)忠雄(ただお)が藤(ふじ)皐月(さつき)に執着していたとしたら?」
「そういえば、怯えてたって言ってたな。となると、松木忠雄は彼女を追って――同じ場所に憑くかもな」
「私があの場で喰ったのはどれも女じゃなかった。多数あったけど、それだけは確か。藍澤(あいざわ)宗助(そうすけ)の恋人……藤(ふじ)皐月(さつき)は、まだあそこにいる」
手早く身支度を整え、資料室を出ようとすると背後から慌てたような声が聞こえる。
足音がしたと思ったら、目の前に回り込まれてしまった。
「どこに行くつもりだ?」
「どこって決まってるだろ」
「ダメだ。そんなひどい顔色で――俺が見てくるから、報告して休んでろ」
「いや、ダメだ。今すぐ行く。早く行くの。これ以上待ってられない」
――逢いたい。逢いたい。逢いたい。早く、愛しい人に逢いたい。
ずっと近くにいたのに逢えなかった。一目でいいから、今すぐにでも顔を見たい。
再び、心の中に溢れ出てくる想い。いてもたってもいられない。
約束の場所へ早く向かわないと、一刻でも早く――
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