プロローグ

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 障子についた血の隙間を縫い、月光が優しく僅かに部屋を照らし出す。  その時、中央に人が斃れていることに気が付いた。その人は微動だにせず、力なく横たわっている。その人は、私が傍にいたいと願った人。  彼を助け起こそうと駆け寄りながら、何度も何度も叫ぶ。 『――けて、助けて。誰か――』 「助けて――」  遠くにある何かを掴もうと知らず伸ばされた手。視界に写るのは天井。開きかけた障子からは、穏やかで暖かな光が差し込んでいた。部屋の中にある「紅(あか)」は、昨日拾った不思議な気配のする紐だけだった。血などどこにもない。  悪夢から醒めたことよりも、まだ人間でいられたことに春陽(しゅんよう)はほっと息を吐いた。  隊の制服に袖を通しながら、悪夢の内容を思い出す。  あの怪異に襲われた時の夢。私の仇。もし、あいつがこの場にいたらすぐにでも殺してやるのに。私はもう子供じゃない。今の私にはその力がある。成すすべなく狩られたりはしない。 「……今日も腹いっぱい喰わせてやる……」  腰に佩いた愛刀を撫でながら、幼い頃のことを思い出す。  自分が幼く無力だった頃、二度に渡り怪異から襲撃を受けた。一度目は、確か5歳か6歳だった頃。両親は、近場で発生した怪異に殺された。両親だけではなく、祖父母も兄弟も友人も全て。化け物たちの手により村が全滅した事件。  二度目は、12歳か13歳の頃。事件の後で私を拾い、育ててくれた人を怪異は傷つけた。  また多くの人が死に、傷つき、引退をした。私を育ててくれた恩人もその中の一人。彼は私をかばって片腕を失くし、引退を余儀なくされた。  その時に誓った。師から継いだ刀に。仲間の『想い』に。私はこの世の全ての怪異を――化け物たちを一掃する、と。  喩え、私自身が化け物に成り果てても。
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