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ああ、またあの夢だ。藍澤宗助(あいざわそうすけ)に憑かれてから、何度も見た、悲しい夢。
ひらひらと頭上から舞い落ちる薄紅色の花弁。雪のように舞い降りて、それはやがて土を埋め尽くす。桜色の絨毯を踏んで、彼女が鼓の音を合図に隠れいている場所から現れるはずだ。
――皐月(さつき)さんに早く逢いたい。
鼓を風呂敷から出し、肩へと担ぐ。ぽん、と鼓の音が虚空に消えた。
でも、誰の気配もしない。出てこない。もしかしたら聞こえなかったのかもしれない。そう思い、もう一度鼓を叩いてみるが誰も現れなかった。
何度も何度も叩き続けた。あの人が来るのを今か今かと待ち侘びながら。やがて、背後で足音がした。ようやく待ち侘びた人に逢える。
「やっと来た。待ってたよ」
彼女の顔から零れ落ちる笑顔を想像しながら、後ろを向く。が、来ていたのは皐月(さつき)さんではなかった。
松木忠雄(まつきただお)だった。昏い眼でいつも彼女を目で追っていた男。
――気味が悪いの。
そう彼女が不安そうに呟いたのを思い出す。思い過ごしだよ、と皐月(さつき)さんの不安を笑い飛ばしたことを後悔した。今、目の前にいる男はどこかおかしい。確かに気味が悪かった。いや、気味が悪いなんてものではない。暗闇にぽっかりと浮かんだのは、何かに憑りつかれたかのように青白い顔だった。
死人のような面にある瞳は金色に光り輝き、その中心は縦に伸びていて爬虫類の様な目をしている。蛇に睨みつけられた蛙のように、身体が恐怖に竦んで動けない。逃げ出すことも、目を逸らすこともできずにいると、松木忠雄(まつきただお)が嗤(わら)った。にぃっと口端を釣り上げて、不気味に。
そして、次の瞬間。腹部が突然熱くなった。身体の内側から燃えるように。熱の発生源を見てみると、私の腹から柄が生えていた。忠雄(ただお)がそれをゆっくり引き抜くと、栓を外したように紅い液体が噴き出てくる。彼の手は、返り血を浴びてぬらぬらと真っ赤に染まっていた。
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