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「ダメだ。私が行かないと――私が行って喰い殺さないと、樹希(たつき)が喰べちゃう。
化け物になっちゃう。ダメだ、生きてる人間が化け物のせいで傷つくのはダメ」
「樹希(たつき)の器はまだいっぱいじゃない。大丈夫だ」
「――でも、行く。これ以上、大事な人は失いたくない。傷つけられたくない。仲間を放っておけない」
「今のお前じゃ戦えない。今のまま行けばきっと自分を失う。未消化の怪異がお前の中で生きてる。それを先に消化すべきだ」
「そんなこと、どうでもいい」
部屋を飛び出そうとしたとき、局長の鋭い声が轟いた。
「春陽(しゅんよう)!」
後ろは振り向かない。振り向けば、未練が生まれる。それだけは絶対にできない。
ぎゅっと目を瞑り、声を押し出す。
「行かせてください」
背後で立つ音がしたと思ったら、ぽんと頭に大きな掌(てのひら)が置かれる。
子供の頃、よくこうして頭を撫でられたことを思い出す。
これが、最期になるかもしれない。
そう思うと振り返りたくなるがぐっと堪えた。
「……無事に戻れよ」
頭上から、ひどく穏やかな声がした。返事をしたら、いけない。約束はできないから。
私は頷くこともせず、部屋を飛び出した。
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