第7話

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 刀を媒体にしなくてもすぐにでも私を喰い殺せたことを知ってひどく驚いた。それをしなかったのは、仲間のため。  春陽(しゅんよう)さんは、誰よりも周囲の事を考えている。周りもそれが分かっているからか、あの後に彼女を止めるような真似は誰もしなかった。  これから彼女は、死地に出る。自分たちが背負う大事な者を守るために。 「春陽(しゅんよう)さん。私に何かできることはありますか?」 「ない――いや、ある。祈ってろ。私が力の加減を間違ってお前まで喰い殺さないことを」  前だけを見据えて、冷たく言い放つ。ここ数日で同化が進んだことで言葉を交わさなくても、彼女の心の内が少し知れたから私は知っている。  樹希(たつき)が飛び出していき、気を失った春陽(しゅんよう)さんと三人になった時に、どこか哀愁を感じさせる調子で局長が言った。 『宗助(そうすけ)さん、あんたはもう春陽(しゅんよう)にとって、大事な者になっちまった。起きたら、ここを飛び出していくだろう――その時は、よろしくな。俺にはもう、こいつを守れるような腕はないからよ』  ――守れていますよ。支えになってます。  宗助(そうすけ)は伝えたい言葉を飲み込んだ。目の前で春陽(しゅんよう)が、叫び声を上げ始めたから。  彼女から流れてきた記憶は、部屋に飛び散る夥(おびただ)しい血。血だまりには、片腕を亡くした局長が斃(たお)れていた。  怪異が、人を襲い、喰らう。  あまりの惨状を春陽を通して見た時、春陽(しゅんよう)が――彼女が、怪異を憎む気持ちが理解できた。  宗助(そうすけ)は、春陽(しゅんよう)に喰い殺されるなら、それはそれでいいかな、とも思う。こうなってしまった以上、自分も怪異と変わらない。彼女の生命力を吸って存在しているのだから。 +++  空からはひらりひらりと真白い小さな綿のようなものが降ってきていた。雪は地面に溶けては消えていく。相変わらず外は身体が芯まで凍るほど寒かった。  鉛のように重い体を引きずり、やっとの思いでたどり着いた隅田川。  枯れかけた桜の木を見ると、報せ通り満開になっていた。思わず春だと錯覚するほど見事に咲き誇っている。次々に寒風に散らされていく花びらは雪に混ざり幻想的な光景を創り出していた。急いでいたのに、思わず立ち止まって見入ってしまうほどの見事さだった。
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