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ふいに、何かが動いた。そちらを中止すると、小柄な人影がひとつあった。桜の前に立っているのは、おそらく女性だろう。長い黒髪が風に翻っていた。
「皐月(さつき)さん……」
「向こうもあんたにどうしても逢いたかったんだろう」
さらによく注視すると、藤皐月(ふじさつき)の足元――木の根本の近くに倒れているのは、樹希(たつき)だった。
彼の生死を確かめるために刀を抜こうとしたが、刀の封印が解けていない。彼は、まだ生きている。
もし、古木の怪異が復活していたら。
もし、あの女性霊が化け物に身を落としていたら。
注意深く気配を探ると、複数の気配がした。あの桜の古木が、松木忠雄(まつきただお)が周囲の怪異を喰って力を増したのか、元々の潜在的な力だったのかは分からない。
だが、確実に言えるのは今の私では負ける。武器がなければ勝てないのだから。
私が少しでもまともにが闘えるようになる方法はいくつかある――藍澤宗助(あいざわそうすけ)を自分から引きはがすこと。
もしくは、何らかの方法で樹希(たつき)を助け出し解呪させる。できるかできないかは別として、可能なら彼を助けだして解呪してもらいたい。
今までの自分なら真っ先に藍澤宗助(あいざわそうすけ)を喰い殺していたはずなのに……。大義名分を得たが、迷っている自分に戸惑う。今は迷っている場合ではないのに。頭の中から、藍澤宗助(あいざわそうすけ)の事を追い出すと目の前の怪異を見つめる。
桜の花弁が、あの日と同じように風に逆らって樹希(たつき)の体に纏いついている。ふわりと広がった花弁は彼を何かから守っているようにも見えるし、憑りつこうとしているようにも見えた。
「彼女は、人を傷つけるような人じゃありません」
私の考えを読み取って、藍澤宗助(あいざわそうすけ)が強い口調で断言した。
「生前はそうだったかもしれない。だが、今は? 今のお前は、藤皐月(ふじさつき)を知っているか?」
「それでも――」
「分かってる」
二の句を継がせないように強い口調で言い放つ。
もっとよく見たい。もう少し、何か……彼女が変わっていないと信じられる何かが欲しくて。
「少し近づく。黙ってろよ」
無言で藍澤宗助(あいざわそうすけ)が頷いた。
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