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怪異に気が付かれないように、周囲に密集している草に身を隠してそっと近づいた。草をかき分け、樹希(たつき)の様子を見てみると体がかすかに動いていた。気を失っているわけではないようだった。
ただ、出血が酷い上に足に木の根が絡みついていて、樹希(たつき)が一人で逃げ出すことはできないようだった。木の根は明確な意志を持ってうぞうぞと蠢(うごめ)き、さらに彼の体の自由を奪う隙を探しているように見える。
あの木には、やはり怪異が2体憑りついていた。樹希(たつき)の血が、地面に広がっていく。力なく横たわる体から、熱が徐々に逃げていっているのが分かる。
「樹希(たつき)の出血量はさほど多い訳じゃないが、一本だけ木の根があいつの体に巻きついてる。あれが桜の木の力の源になってる……樹希(たつき)をあそこから引きはがさないと、死ぬ」
「今のあなたと私と同じ状態になっている、ということですか?」
「そうだ。どうやって助ければいいのか……」
「何が――春陽(しゅんよう)さん! よけて」
緊迫した声が聞こえた。木の陰から転がり出ると、さきほどまでいた場所に木の根が力いっぱい叩きつけられた。
大きな石が轟音を立てて砕けた。この力に対抗するための手段は、今の私にはない。だからと言って退く気もなかい。もう迷っている時間は残されていなかった。
次々と迫りくる木の根を避け、やがて河縁に追い込まれてしまう。逃げ惑う獲物を引き裂く瞬間を楽しんでいるのか、動きを止めてこちらの様子を窺がっていた。桜の花びらが、木の根の進行を止めるように纏いつく。と同時にどこからともなく悲しげな声が聞こえてきた。
「――助けて。彼を……」
声がした方をちらりと見やると、いつの間にか消えていた女性が樹希(たつき)のそばに寄り添っていた。
藤皐月(ふじさつき)――彼女は、生前と何一つ変わっていなかった。
仲間を救う、そのことに対して否やはない。だが、このまま私まで掴まれば、息絶えるのは私のほうが早いだろう。
「春陽(しゅんよう)さん。大丈夫ですよ。覚悟はできてます」
とても穏やかな声がした。その一言に、背を後押しされた気がして柄を握りしめる。
ぎりぎりと何かが心を締め付け、刀を抜く決心がつかない。藍澤宗助(あいざわそうすけ)を犠牲にするしかないのか。
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