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一瞬、樹希(たつき)に気を取られている隙に袂の布が破ける音がした。ついで松木忠雄(まつきただお)の手に――木の根に絡め取られたのは、紅い紐。
「あ――」
藍澤宗助(あいざわそうすけ)のかけらが宿った紐が、無残に引きちぎられる。彼がこの世にずっといた最後の証。藤皐月(ふじさつき)が悲しげに悲鳴を上げた瞬間、最後に残っていた理性がはじけ飛んだ。
根を本能だけで避けていく。古木に迫り、力任せに斬ろうとする。その時――身体がものすごい勢いで後ろに引きずり倒された。先ほどまでいた場所を、轟音と共に茶色い物体が通り過ぎ、そのまま河に突っ込んだ。盛大な水しぶきは、雨のように私たちに降り注いだ。
「春陽(しゅんよう)、大丈夫か……?」
「問題ない。もう、突っ込んでいかないよ。それより――」
「気が付いたか。どんどん藤皐月(ふじさつき)の気配が弱まってる」
このまま松木忠雄(まつきただお)を斬ることができなければ、彼女は力尽きて同化させられるだろう。早く救わなければ。身を挺して、私たちを助けてくれた藍澤宗助(あいざわそうすけ)のために。何よりも私自身が変わるために。
「やれるか?」
「お前こそ。無理やり封印破っただろ……藍澤宗助(あいざわそうすけ)は?」
「喰った」
「――そうか」
にやりと相棒が笑う。何か言いたげに。疑問には思うが、それは今気にするべきことではない。私たちが喰う必要があるのは、かつては松木忠雄(まつきただお)だったものだけ。うぞうぞと木の根が意志を持って、私たちを喰らおうとしている。巨大な気配が、辺りに満ちていた。
「胃もたれしそうなやつだな」
「――それは胃薬飲めば済む。行くぞ。全部喰らいつくしてやる」
「バイキングだな。俺も手伝ってやるよ」
「先にへばるなよ」
「ああ」
横で樹希(たつき)の刀が輝いた。清廉な輝き。私のように血まみれ、鈍い輝きを放っているのものとは違う。
いつの間にか、あたりは静寂に満ちていた。
松木忠雄(まつきただお)が動きを止め、私たちの様子を再び伺っている。縦に割れた爬虫類のような感情を宿さない瞳が、もう彼が人間の欠片を残していないことを知らせていた。
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