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「春陽(しゅんよう)、ダメだ、戻ってこい。行くな、堕ちるな。お前は人だ」
「私が――宗助(そうすけ)を殺した。いない、いない、いない、いない、いない。藤皐月(ふじさつき)を殺した、殺した殺した殺した」
壊れた人形のように同じ言葉を繰り返す。遠くで、樹希(たつき)の声がした。
自分の中に入ってきた者達に対処できない。呑みこまれる。暗闇に。喰いきれない。負けるものか。負けてたまるか。ここで負けたら、藍澤宗助を喰らい藤皐月を喰らった意味がなくなる。耐えろ、耐えろ、耐えろ、耐えろ。
――私ハ誰ダ?
「ああああああああああああああああ」
自分の意思を保つために、自らに刃を突き立てる。手の甲から、血が溢れ出た。それを樹希が急いで止めた。何度も繰り返し、樹希が私の名を呼ぶ。仲間の声を頼りに、理性を保つ。でも、それだけじゃ足りなかった。体の中から、何かに食い破られる感触がする。完全に呑みこまれそうになったその時、声がした。聞き慣れた声が。
(春陽(しゅんよう)さん。あなたは獣じゃない。私はまだいます)
「藍澤(あいざわ)、宗助(そうすけ)……?」
(はい。あなたが守ってくれた。自分の中に入れて……)
「……」
(私はあなたの中に。私たちを、助けてください)
徐々に意識がはっきりしていく。目で探した。最後まで諦めたらいけない。
――引きちぎられても、泥にまみれても、一度手を付けたことは、終わらせろ。
そう教えてくれた人がいた。『春陽』の記憶と、樹希(たつき)の声を糧にして自分を立て直す。まだ僅かに原形をとどめているそれを見つけた。藍澤宗助(あいざわそうすけ)と藤皐月(ふじさつき)の思い出の品。手を伸ばすと、少しざらりとした感触が手に伝わった。紐の横には満開の桜が咲いた枝が一つ落ちている。弱々しくそこから気配がした。注意深く探ると、藤皐月(ふじさつき)の気配だった。
「樹希(たつき)……助けて」
「何でもしてやる」
「二人がまだいる……ここに」
「春陽(しゅんよう)は、どうしたい?」
「――助けたい。この二人は、喰べたくない。でも、どうすればいいのか分からない」
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