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満月の明かりがきらきらと水面を照らしていた。
砂利道には街燈はなく、辺りは暗い。行く先を照らし出すのは、春陽(しゅんよう)が手にした灯りだけだった。走るたびに揺れ動く灯りを受けて、強く紫紺色の瞳が輝きを放つ。前だけを見据えて。
一歩強く歩を進めるたびに、頭上でひとくくりにした黒髪が翻り闇に溶けた。
わざわざ深夜の隅田川まで来たのには、目的があった。
河縁にぽつんとあった枯れかけた桜の古木。それが真冬に満開になっているというのだ。明らかな怪現象だった。怪現象が発生する場所には、必ず人の想いが集う。それが大きく育ちすぎると、やがて化け物になり人を襲うようになる。彼女らはそれを防ぐために、人の想いを天へと――あるべき場所へと還すために、あるいは腹におさめるために来たのだった。
速く、速く目的の場所へ行きたい。お腹が減ってしかたない、と腰に佩いた刀が伝えてくる。
春陽(しゅんよう)も同じ気持ちだった。そのために、深夜の隅田川までわざわざ来たんだ。怪異を退治しに。腹を――心を満たすためだけに。彼に、樹希(たつき)に、邪魔なんてさせない。
背後から砂利を踏む音が聞こえる。春陽(しゅんよう)は相棒と差をつけるため、さらに足に力を入れて走る速度を上げた。
目的地へたどり着くと、師走の河縁に異様な光景が広がっていた。
もう季節は真冬だというのに、桜が咲いている。冴え冴えと銀色に光り輝く月光を浴びて、満開の桜が寒風を受けてひらりひらりと水面に命を散らしていた。
(……見つけた。でも、こっちももう見つかってる)
春陽(しゅんよう)は気を引き締め、手に持っていた灯りを放り出して刀を抜く。日本刀は、月の光を吸い込むようにしてきらりと光った。
桜の木から、夜闇を掻き集めたような黒い靄が発生する。靄の中から、金色の眼が春陽(しゅんよう)をじっと見つめていた。その瞳は爬虫類のように細長く縦に割れている。
「本格的に具現化する前に、喰ってやる」
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