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靄がさらに密度を増し、怪異が自らの体を創り出す前に斬りつけた。すると、悲鳴が上がった。夜をつんざく様な何とも形容しがたい声。最後のあがきだったのか、薄紅色の花びらが春陽の身体に纏いつくが、もう化け物に反撃の余力はなかった。そうして怪異はこの世から、刀を通してあっけなく春陽(しゅんよう)の中に納まった。
化け物は周囲の怪異を――想いを喰い、多少力をつけていたようだった。
複数の化け物の人間だったころの記憶が、想いが、自分の中に奔流となって押し寄せてくる。それにじっと耐え、自らの力へと消化していく。まだ、私の器はいっぱいになっていない。これくらいなら、私があちら側に堕ちることはない。
全てを呑みこみ目を開けると、いつまでも未練がましく纏いついていた花弁のひとひらが、薄く光り輝きながら風に乗ってどこかへ飛んで行った。
「お前……何やってるんだ」
後ろから樹希(たつき)の疲れ切った声が聞こえた。振り返ると、肩で息をして両膝に手を置いている。春陽(しゅんよう)の相棒でもある樹希(たつき)は、翡翠色の瞳で刀を持っている少女を睨みつけていた。
「春陽(しゅんよう)、今日は調査だけだぞ。抜刀するなんて何考えてるんだ」
「明らかに怪異がいただろう。だから斬った」
樹希(たつき)は呆れたように大きく息をつくと、黒い制服に包まれたその大きな体を起こす。彼はまだ何か言いたげにしていたが、それを無視して刀をあるべき場所へと返し、屯所へと帰るために歩き出す。が、肩を掴まれ無理やりくるりと半回転させられた。樹希(たつき)の顔が目の前に迫る。
「近い。離れて。加齢臭がする」
「まだそんな年じゃない。こっちだって離れたいけど、暗くてお前の顔が見えないんだよ」
「顔なんか見なくたって話しできるじゃない」
「――人と話すときはちゃんと、相手の顔を見て話しなさいって躾けられただろ」
「あんたの場合は近眼だからでしょ。離れてよ!」
「近眼とか関係な――うわっ」
押しのけて歩き出す。樹希(たつき)はまだ言い足りないようで、背後からごちゃごちゃと小うるさく騒いでいた。
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