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面倒くさそうな返事の後、提灯の灯りが周囲を照らし出した。下を見ると、すぐ傍に真っ赤な紐で作られた鼓が落ちていた。再び音が周囲に満ちる。それも大音量で。奏者もいないのに、耳が痛くなるほど鳴り続ける不思議な鼓は、明らかな怪異だ。
春陽(しゅんよう)はすぐさま腰に佩いている愛刀を手に取ろうとする。が、すぐに樹希に止められた。
「何してるんだ。鼓は誰かの落とし物だろ。壊したらまずいだろうが」
「何?」
「……鼓は誰かの落とし物だ。壊したらダメだって」
「はぁ? もっと大きい声で言って」
「だから! 鼓は誰かの落とし物だろって!」
「耳元で大声で話せって誰が言ったのよ! 離れて!! 私の半径1メートル以内に許可なく立ち入らないで」
「お前バカか!? そんなん守ったら仕事になんねーんだよ!!」
「――少しはおとなしくしなさいよ、落ち着いて話しもできない……! 自己主張強すぎでしょ、この鼓!!」
「だから、鼓は鳴ってないって言ってるだろ!」
蹴り飛ばそうと伸ばした足の先から、悪寒が這い上がってくる。明らかな怪異の気配。止めようとする樹希(たつき)を振り切り、刀を抜いた。そのまま刃を突き刺そうとするが、今度は後ろから羽交い絞めにされる。
「無断で抜刀するな。今日の許可はもらってない」
「そもそも許可制なことがおかしい。どうして私だけ許可制なの」
「それはお前がルールを破りまくるからだろ」
「私がいつルールを破ったのよ」
「怪異を見つける度に、むやみに斬りかかってるだろ。いき過ぎれば、それは私闘と変わらない」
「…………」
若干、苛立ちつつ振り上げた手を下ろした。今夜だけで何度目かのため息を樹希(たつき)がつく。
今、殺されることはないと悟ったのか、鼓の音はいつの間にかやんでいた。
「屯所が襲撃されたあの日から、怪異を目の敵にしてるのは知ってる。あれはお前のせいじゃない。分かってるな?」
「分かってる。だけど、私の家を――家族を襲った奴らは一遍の塵も残さず全て喰い殺してやる」
「そんな調子だと、自分があっち側になっちまうぞ」
「それでもかまわない。私が向こう側に堕ちた時は、自刃でもするから」
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