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「これでようやくセンパイさまの出番だぜ。邪魔モンもなくしてやった」
トモキは両手を広げて、ナイフの前に自身の体をさらした。
「ほら来いよ」
不敵な笑みさえ浮かべて上級生を眺めやる。
「やってみろ」
刃物に急所をさらしているというのに、トモキの眼差しの方が肉食獣の牙のように鋭く見える。
上級生は強張った手からナイフを捨てることさえ出来ないでいて、これではどちらが優位に立っているのかわからない。
誰かがきっかけさえ与えれば、トモキはきっと即座に躍りかかり、獲物の喉を食い破るのだろう。今の状態は、瀕死の獲物を気まぐれにもてあそんでいるだけではないのか。
「ほら……、来いよ」
先ほどまでの狂気のような高笑いを引っ込めて、トモキは低い声でささやくように言った。
それは猫なで声を地でいって、まるで女を誘うような色香さえ漂う。
「……さあ」
ネズミをもてあそぶ猫のような、優越感に浸りつつ相手を見下したその表情。
「ひっ」
男は小さく息をもらして後ずさった。
そうだ、むやみに刺激を与えるのは得策ではない。そのまま目をそらさずゆっくりと下がれ。
なんだか獣に対処するようなアドバイスを、哲郎は心で唱えてやったが、上級生の緊張の糸は極限に耐えるには細すぎたようだ。
「うひゃああああ」
ひっくり返った悲鳴をあげると、上級生はトモキに背中を向けて走り出した。
ナイフどころか自尊心も誇りも、きっと何もかもをその場に投げ捨てて、一目散に逃げだしていく。
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