1 狂気

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「これでようやくセンパイさまの出番だぜ。邪魔モンもなくしてやった」 トモキは両手を広げて、ナイフの前に自身の体をさらした。 「ほら来いよ」 不敵な笑みさえ浮かべて上級生を眺めやる。 「やってみろ」 刃物に急所をさらしているというのに、トモキの眼差しの方が肉食獣の牙のように鋭く見える。 上級生は強張った手からナイフを捨てることさえ出来ないでいて、これではどちらが優位に立っているのかわからない。 誰かがきっかけさえ与えれば、トモキはきっと即座に躍りかかり、獲物の喉を食い破るのだろう。今の状態は、瀕死の獲物を気まぐれにもてあそんでいるだけではないのか。 「ほら……、来いよ」 先ほどまでの狂気のような高笑いを引っ込めて、トモキは低い声でささやくように言った。 それは猫なで声を地でいって、まるで女を誘うような色香さえ漂う。 「……さあ」 ネズミをもてあそぶ猫のような、優越感に浸りつつ相手を見下したその表情。 「ひっ」 男は小さく息をもらして後ずさった。 そうだ、むやみに刺激を与えるのは得策ではない。そのまま目をそらさずゆっくりと下がれ。 なんだか獣に対処するようなアドバイスを、哲郎は心で唱えてやったが、上級生の緊張の糸は極限に耐えるには細すぎたようだ。 「うひゃああああ」 ひっくり返った悲鳴をあげると、上級生はトモキに背中を向けて走り出した。 ナイフどころか自尊心も誇りも、きっと何もかもをその場に投げ捨てて、一目散に逃げだしていく。
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