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用件は済んだので、さっさとこの場を後にしようと、哲郎はトモキに背中を向けた。
こんなやつ、係わり合いにならずに済むなら、それに越したことは無い。
――ヒュッ
風が唸り、哲郎は直感に従って首を傾げた。顎と肩の間をトモキが繰り出した拳が通過していく。
ステップを踏んで距離を取り、哲郎はトモキに向き直った。
「おい」
確実にかわしたはずだが、風圧だけで顎の先が焦げそうなパンチだ。
背中の汗が冷たいものに変わる。
トモキは自分の拳を胸の前で硬く握っていた。
「おまえ強ぇだろう。おれとやろうぜ。なっ!」
なんだか遊びにでも誘うようだ。
やはりこいつは、稀代のケンカ好きらしい。
「……断る」
哲郎は小さくだがきっぱりと言って、さっき心で唱えた獣の対処法に従いながら、また少し距離を取った。
足はトモキの方が速そうだから、あそことあそこの障害物を使って……。頭の中でいく通りかの逃走経路を思い描く。
「逃がさねーよ」
するどく察したトモキは哲郎の前に立ちふさがった。
確かにそうされると、無駄に体がでかい分、邪魔になることこのうえない。
仕方ないと哲郎は息をつき、トモキに習って拳を握った。
トモキの瞳がうれしそうに、それでも凶暴な色に輝きだす。
哲郎がその眼をめがけて拳を振りあげると、トモキは、哲郎の拳を頭突きで迎え撃たんと強く踏み出してきた。
そこを哲郎は、すばやく身を沈めて握った拳を解いて支点とする。トモキの腿を蟹バサミで挟むと足をひねって背中から転がした。
したたかに後ろ手をつかされて、
「おまっ、何する……」
文句を言いかけたトモキは、口の中に入り込んだ砂をペッペッと吐いた。
もちろん目潰し代わりに、ついでに投げたのも哲郎だ。
哲郎はトモキが立ち上がる前に、さっさと体勢を立て直し、逃げ出しにかかっている。
「悪いな。勝てないケンカはしない主義なんだ」
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