第3章 隣の席、いいですか?

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隣に岳先生が座っている。俺が誘ったのに、上の宴会に混ざっちゃえばいいじゃんとか言ったくせに、全然隣に来られたら何を話せばいいのかわかんなくなった。 「へぇ、純は接客業かぁ」 「うん。そうだよ。アパレル」 「そっかそっか、あの純がアパレル業か。頑張れよ。んで? 勇人は?」 「!」 また飛び上がったじゃんか。 いきなりこっちに振り向くなよ。 ヒゲ、顎のツンツンしたヒゲがカッコよくてドキドキがでかくなるだろうが。 「お、俺は……工場」 「へぇ、工場で何作ってんだ?」 「で、電子部品」 「そっか、あ、勇人はブロックとか得意だったもんな。あ、覚えてるか? お前、延長保育になるとさ」 先生してる時はヒゲ生えてないんだろうな。 十五年前だけど、俺らがサクラ組にいた頃にはヒゲなんてなかった。 っつうか、子どもみるのにヒゲはたぶん保育士的にアウトだろ。 日曜だけの限定ヒゲが本人も楽しいのか、話しながら何度も指先で撫でている。 店に入ってきてすぐの時もヒゲを撫でてて、その指先にさえドキドキした。 っていうか、岳先生丸ごとにずっとさっきっからドキドキしっぱなしだ。 「大丈夫か? 勇人」 「! だっ、大丈夫だって! って! ……いってぇぇ」 宴会場っつってもその辺にある普通の居酒屋じゃたかが知れてる。 覗きこむようにされて、思わず仰け反って、思いっきり背後の柱に頭をぶつけた。 「大丈夫か?」 「っ!」 だから、その先生の時のクセなんだろうけど、頭撫でるの、マジで勘弁してくれ。 のぼせそうだ。 「勇人はおっちょこちょいで、恥ずかしがり屋で、でも、優しい子だったな」 心臓が破裂しそうなんだけど。 なんで、そんな十五年も前の園児のことをちゃんと覚えてんの? どうにかなりそうなくらいに嬉しくなるじゃんか。 おっちょこちょいとか、覚えてなくていいって。 恥ずかしがり屋なのは岳先生の前だと緊張するからだって。 職場じゃけっこう普通に仕事してるし。 優しい子、って先生に俺が好印象になってたらいいなって思う程度の普通の奴だよ。
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