第3章 隣の席、いいですか?

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「延長保育の時に、まだ親が迎えに来ないって寂しそうにしてる子のところに行っては、ブロックで遊んでやってただろ? 優しい奴だなぁって、嬉しかったんだ」 そんな細かいことまで、覚えてなくていいよ。 そんなわけない、岳先生は特別優しかったから昔在籍していた園児のことまで覚えているってだけなのに、なんか、俺のことをすっげぇよくみてくれていたって勘違いしそうになる。 でも一方通行だから勘違いしても、このままおとなしく先生に片想いしているだけなら良いかな。 相手が男だと、やっぱ想っているだけでもダメだったりする? 「あ、先生、ごめん、俺、トイレ」 「おおー、行って来い。トイレはこまめに行ったほうが酔っ払わないぞ」 「はーい」 日本酒なんて飲んでるような純が子どもみたいに素直な返事をして、俺の肩をポンと叩いた。 目が合って、視線だけで、もっと押してけって俺の背中を突付いて来る。 大親友だから無言だろうと、言いたいことくらいわかるんだ。 俺が今、少し自分が同性愛者ってことに小さく溜め息をついたことも、純にはお見通しだ。 もっと話せって、眉をしかめて俺の背中をグイグイしてから席を離れてしまった。 もっと話せって言われてもさ。 自分で来なよって誘ったんだけどさ。 「先生はあんま変わ、ん、ねぇ」 緊張で声がつっかえる。 言葉も声もすんなり出て来てくれないのを根性だけで押し出した。 本当はすげぇ、変わってる。 ヒゲの生えた先生なんて、休日だけの限定バージョンすぎて上手く話せるわけがない。本当はもっといっぱい話したいのに。 「そっか? そうでもねぇだろ? 四十だぞ。勇人たちは変わったなぁ」 「十五年だぜ? そりゃ変わるでしょ。その間、一回も会って」   中学の時、制服を見せに行った一団の中に俺がいたのって、先生覚えてんのかな。 「会っただろーっ! 覚えてないか? 中学の制服見せに来てくれただろ? あれ、嬉しかったんだからなぁ! 自分がみてた子どもが制服着てるって、けっこう感動したんだ」 覚えていてくれた。 すげ、どうしよ。 マジで嬉しい。嬉しくて、なんか、今、泣きそうだ。 「あ、でも、あと、あれ……何年前だ?」 「?」 岳先生が飲みかけだったサワーを飲み干し、唸りながら、頭の中で何かの年数を計算している。
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